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たった1つの願い

<カヨコの出産メモリー番外編>

 

最近は、いきすぎる親の過保護、教育に熱心になりすぎてモンペアなんて呼ばれたり、就職後の会社にまでも親が介入、何かが間違って親子仲に確執が生まれたりと…。

世の中悲しい事件や、関係性の歪みなんかを多く感じる。

 

何かできる力があるわけじゃないけど、あたしが気軽にこうやって残してる文章とかが、これから子供を産んで育てたりと未来を担う次世代を育てようとしている人たちに、なんらかの1事例として参考にしてもらえればいいなと思う。

 

さて、うちのムスメ達、もう二人とも成人を過ぎ、それぞれの人生を育んでいるわけですが、まあ、親の目からだけど、贔屓目なしにみても、優秀!だと思う(笑)

まあ、もちろんまだまだ、あたしもそうだけど、人間として成長していく余白はたっぷりあると思うのだけど、それはさておいて。

 

それぞれの考えをきちんと持って、それぞれ自分で判断し、決断して行動をし、今を生きている。

 

誇りに思う!いいぞ!何もしてないのになぜかあたしの評価も上がってるし!!(笑)

ぎょふのり?っぽいけど結果おーらい!!

 

どうやったらこういう子に育つの?とか、子育て相談したかったとか…今までいろんな人に言われたんだけど、大してスゴイことしたわけじゃない。

でも、じゃあ、根本はなんだろうと考えて見たら、実は去年くらいに出た答えがある。

 

「たった1つの願い」

 

これだけ聞くとなんじゃそら?と思うかもしれない。

 

昔読んだ絵本「アラジンの魔法のランプ」では、3つの願いを叶えてくれるランプの妖精が出てきた。

もしも本当に願いが叶うなら何を願うだろうと、本気で悩んだカワイイ時代もあった。

 

それが、長女を出産して間もなくのこと、ある人からこんな話を聞いたのだ。

 

「子供が言葉を喋りだす前に、1つだけの願いをずっと言い続ければ、本当に叶うらしいよ。

寝た後とか、暇を見つけて気付いた時に呪文のように言っていれば、暗示の力で本当に叶うんだって。」

 

ただし、条件があって、

1、絶対に1つだけ

2、主観の願いであること。

(主観的な願いは「あなたは動物が好き」とか「勉強が好き」とかで、客観的な願いである「健康でいて欲しい」とか「お医者さんになってお金持ちになって欲しい」とかはNG)

3、喋りだしたらもうしなくても大丈夫

 

この頃、武井壮さんが医者にも見放された怪我で動けなくなった自分の身体を、イメージと暗示で動けるまでに治したということもあり、その話も聞き、なんだかその話に説得力もあるように思え、信じてやってみようと思いました。

暗示力ってスゴイのかもしれないって本気で思ったんです。

 

それから数日、考えましたね〜。

本当にもしも願いが叶うなら。たった1つの願い事。

しかも条件的に、主観的な願い。

 

ぐるぐる考えました。

「健康でいて欲しい」…という願いがある場合…じゃあ主観に置き換えると、健康でいるには何を好きであれば健康なのか…「何でも食べるのが好き」?そんな主観?いやでも、何でも食べるから健康とは限らないし…。

「お金に困ってほしくない」…という願いの場合は、、、主観だと何だ?お金を稼げる…?勉強が好きになればいいのか?いや、でも勉強好きでも金に困らないわけじゃない…。

 

難しかったです。

願いというものはどうしても、客観的で、しかも人間は欲深く、たくさんの願いがある中から、たった1つを決めなきゃいけないということまで制限されてましたから。

 

願いは尽きず、本当に何日もいっぱい考えました。

「健康でいて欲しい」「いじめられないで欲しい」「いじめっ子にはなってほしくない」「真っ直ぐな人間になって欲しい」「頭はいい方がいい」「怪我しないで欲しい」「生活に困らないで欲しい」「愛されるような人間でいて欲しい」「人を助けられるような人間になって欲しい」…本当に次から次へと。

 

たぶん、今モンペアと呼ばれている世の親御さんや過保護すぎる方達も、決して悪気があるわけではなく、そんな思いからお子さんや、周囲への対応がちょっと過激になってしまってるだけで、本質にはこういう願いがあるんだとは思います。

 

あたしは悩んで悩んで、何度も願いを比較して、結局出た、どうしても外せない、たった1つの願いはこれでした。

 

「生きていればそれでいい」

 

意外とシンプルなのが残りました。

そして、んじゃあ、願いは…どうしよってなるわけです。

 

どう主観で頑張っても天命はどうにも出来ないし、事故の回避とかそんなこともどうにも出来ないし…。

事件に巻きこまれるなんてもってのほか。コワイ…。むむむ。

 

で、またいろいろ考え出すわけです。

生きてて笑っててくれたらいいな〜くらいのシンプルな願い。

でも、じゃあ、どういう人間だったら、いいんだろうって。

周りにたくさん助けてくれる人がいて、一人ぼっちじゃなくて、幸せだったらいいのかな。

じゃあ、どういう人間であれば、人は手を差し伸べてくれるだろう…一人ぼっちにならないだろう…。

 

また数日グルグルと考えました。

 

で、答え、出しました。

あたしがそれから長女が喋りだすまでの間、ずっと呪文のように寝かしつける時、ミルク飲んでる時に、ブツブツ呟いていた呪文。

「◯◯ちゃんはね、皆が大好きだよ〜。まわりにいる皆が好き〜」

 

自分が嫌いだと思ってる人には絶対に好かれない。

だからとにかく好きだったら人は好意をもって接してくれる。

 

まあ、ちょっと途中で、見る目を養う事を教えないと、結構紙一重だな…世の中、理解しがたい人もいるのも事実!とも考えてましたが。

 

暗示実験、だったので、実は次女には何もしてません☆

だってねえ、比較対象がないと、実験にはならないしd(^^)

 

長女、次女、この差があるかどうかは、まあ、現実に2人を知る人間が判断してくれるでしょう☆

 

でも、実はわかったんです。

本当に、去年。

ああ、この暗示って、実はあたし自身にもかけてたことなんだって。

 

たった1つの願いがはっきりすると、別に例え勉強しなくてもギャンギャン言わないし、本当に本音で、その勉強、なんの役に立つん?とか平気で言える。

宿題とかあっても、それをやらないことで死ぬこたないから、あたしは困らないよって言ってた。

本当にやりたくないならやらなくていいとさえ言ってた。(ただ、どうも本人が、それじゃあ自分が困ると判断してやってたっぽいけどw)

忘れ物しても、あたしは困らない。困るのはだーれ?

試験でいい点とれんでもあたしは全然平気(本気)。(でも二人ともむっちゃ上位の成績やった)

 

うーん、なんでしょ?

自分の意思って自分で作ってくものなんだなって思う。

結構、人間ってすごい能力、誰もが持ってるんだから。

言葉で言うのは簡単で、行動するのは難しいかもしれないけど、その能力、信じればいいだけなんじゃない?

 

危ないことに巻き込まれたり、本当に精神的にダメージを受けてる時には、そこから助けるアシストはもちろんするけれど、命に関わることって、そうそうないから…。

ただ、何か本当に助けが必要な時は、世界中の全てが敵になったとしても、最後まで、あたしだけは味方だよということだけは絶対である。

 

なんだかまとまってるのかまとまってないのかよくわからん文章になってしまったけど、時間を短縮して文章にするのはむずかしいのだ〜。

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中途半端なアングラはキライ

この世の中で、キライなものなーに?

て聞かれたら、まあ、とりあえずニンジンって答える。

 

そんでもって、長年、芝居に関わってきてるけど、とにかく中途半端なアングラが大嫌い。

アングラなよくわかんない話ってのの唯一は、良く分からないけど目が離せなかったという感想だけが賞賛。

コレが最高の賞賛であって、わけわからない上に、ちょっとでも眠くなるってのは、もう絶対的に意味が分らない。

 

わけわかんない中で、眠らずに目が離せなかったってのは、それって役者能力じゃね?と思うわけよ。

ま、好きじゃないけど。

あたしのような単純明快な人間は、ストーリーラインを単純に追いかけ、面白いか面白くないかを感覚で感じる。

でもま、芸術的感覚のある人間なんて超少ないと思うので、あたしのような感覚の人間が絶対的大人数だと思ってる。

深く考えず、あくまで娯楽という時間を過ごそうと思ってる人はそんなもんでない?

 

まあ、人には好みってのがあるから、そういったのが好きな人は好きでいいと思う。

 

でも、あたしはキライ。

そして、中途半端な(役者能力が低い)アングラほど見苦しいものはないとさえ思ってる。

だから押し付けるな。

それで観に行ったら、自費で観た分、正直な感想をぶちまける。

これまでの自分の目…養ってきた分、大分性能上がってる。(と自負している)

だってこれまで予想を裏切ることがない。

 

そら、本当は裏切ってくれた方が嬉しいけども、裏切ってくれない裏切りをこう何度も何度も経験すると、それはもう試す気にもなれない。

 

だから関わらない。

 

それが唯一あたしができるある意味の協力。

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むむっ

とうとつだけど、宗教について。

 

あたし自身は、あたしが神であり、信仰であるのかもしれない。

 

いや、実家は、なにやら仏教の何とか宗とかだったと思う。(なんだっけ…ほんと記憶にないくらい)
でもま、関係ないのです。
だってね、なんだろ、自分に都合のいいときだけ、何やらどこの誰ともわからない神様仏様なんてお願いしてもかなわないし、粗末に扱ったらバチが当たるよなんて言われると、なんてわがままな!!!何もしてくれんくせに!!!と思うわけですよ。(神社とか特に思う!)
結局のところ、いざという時になんとかなるのは自分の努力だったり、自分のしてきたことの結果だし、すべてが自分次第の未来であり、現実であると実感してるから。
だから、しいてあなたにとっての神は?と聞かれたら、あたしは「あたし自身」としか答えようがない。
死んだ後の、お経やら、アーメンなんてお言葉は、残された人たちへの優しさだったり、安心感、コレで大丈夫なんていう、ある種自分勝手な都合のいい慰めだと思うわけ。
でもまあ、それはそれでいい。
だってそれで残された人たちが、ホッとしたり、安心したり、救われるわけだから。それならばどんどんよろしく!って感じ。
もしも、あたしの本当の気持ちとして残すのならば、あたしは、キチンと地球の食物連鎖の流れの中の一部でいたい。
死んだらちゃんと微生物に分解され、その後その微生物で活かされる昆虫の糧になり、その昆虫を食べて生きる鳥などに食べられ、その鳥を食べて生きる命に活かされる。
ぐるぐるぐるぐる周って、地球の何処かでずっと、何かしらとしていたいな〜。
そしたらきっと、死んだことにも意味があると思えるから。
火葬して、ツボの中に入れとくだけなんて、結局何にもなんない。
灰になったら、せめて栄養分として、花の栄養素になりたい。
それからその実を食べる動物の肉になりたい。
動物の肉を食べて生きる人間の栄養になりたい。
そして朽ち果てて、土を肥やす灰でありたい。
…おや。
そう考えると、われら人間は、周り巡るその循環をわざと断ち切っている、おかしな動物かもしれない。
もっと、死んでからも活かされるはずなのに…
残されたもののエゴが強すぎて、次には繋げさせず、そこで完結させる。
今の時点て遺言をと言われたら一つ、コレをお願いするかも。
畑でも、海でも、どこでもいい。
食物連鎖の輪の中に、入れてもらえないかしらと。
今回のお題に特に意味はなく、やたら最近宗教の勧誘訪問が多かったりとあるもんですので、わが考えを書いてみただけ。
…ちゅーか勧誘って時点で意味がわからん…。
いいんです。
世の中、色んな人たちいますし、いろんな考えあるのが当たり前。
それは自由でいいと思う。
でも、押し付けるは…ただたんに…営業やんけと思うのですよ…。
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出産メモリー<6>

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カヨコが産み落とす次女編<3>

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つづきです。

だいぶ時間立ってしまったけれどw(いろいろと忙しくすんまへん)

 

そんなこんなであっという間に生まれた次女。

生まれる時にお約束してたことがあってね。

当時のダンナと。

 

おとのこの子だったら(望み薄いけど)まあ、あたしが名前つける。

女の子だったら(すでにダンナが決めてたので)名前にちなんだ花を持ってきて。

 

長女も音だけ聞くと花が入ってる。

次女も狙ったわけではないけれと、名前に花の音が入ってたのです。

 

ということで、お見舞いと同時にやってきました。

カスミ草。

 

生まれてすぐに見た花は、カスミ草だったかな。

 

まあ、しかしこの子、乳を飲まない…というか食が細い!!!

入院中の半分以上は、糖水をもくもく飲んでた…。

カブトムシか!?おのれは!!!と突っ込みたくなるくらい(笑)

 

そして退院してからも、まあ、食が細いこと。

乳足りてるのかしらと疑うほど少量で、(飲んでくれないので)おかげで母乳は3ヶ月ほどでストップ。

ミルクに切り替えても、これで生きていけるのかしら…と思うほどの量で日々生きてましたね。

 

赤ちゃんってぷっくりなイメージだけど、次女はほっそい赤子でした。

 

ちなみに、たった30分でも、やはりあたしの出産の痛みのイメージは「痔」。

半年ほどの苦しみは、長女ほどではないけれど後を引きましたね。

 

で、次女が一番長女と違ったのは、泣かない点…。

とにかく泣かない。おとなしい。

 

長女で楽をしたので(夜泣きもなかったから)覚悟してたのに、まったくなし。

ぐっすり眠らせてくれるわ、なんだか拍子抜けだわ…。

 

幼いころから、なにげにクールなやつだった。

 

ただ、2ヶ月を過ぎた頃、ある日あたしは気付いちゃったんです。

右と左の足のサイズが違い、なおかつシワの数が違うことに。。。。

 

これは!?もしや!?

 

病院に連れていったら診断されました。

「先天性股関節脱臼」

 

この日から、リーメンビューゲルというベルトみたいなのを常に装着し、ロボットみたいに可動域が制限される赤子生活。

別に、早めにわかれば、日常生活に支障はないそうで。

スポーツ選手とかだと支障はあるかもとは言われましたが。

結局小学生なってからはダンスもしてたし、特に支障を感じたことはなかったかな。

定期的な検診は2,3才まで続いたけれど。

 

ちゃんと見て、ちゃんと気付いてあげれば、何かあってもなんとかなると思った。

 

あー、ちなみに、赤子の頃から便秘症で、あまりにも出ないので、病院に連れてったら、ケツの穴が小さいと言われ、2週間ばかり、あたし、クリームを付けた小指で、ぐりぐりとケツの穴を広げるという処置をしてましたね…。

(お医者さんの指示だったけど、これ、ホントに正しかったのか…今でも疑問)

 

こんな出産話☆

同じ人間から生まれて来たのに、長女も次女も全く違う。

てか、お産はホントにそれぞれで、一人一人のドラマがあるんだと思う。

 

あたしは、たまたま二人とも、陣痛が来なかったから、入院してからの出産だったけど、大概の人は陣痛来てからの入院だったりするだろうし、赤子の個性も様々だろうし。

 

なんにしても、きっと選ばれてるのはこっち(親)の方だと思う。

選ばれたからには、期待に応えられる人間でありたいと思うばかりです。

 

カヨコの出産メモリーはこれで完☆

 

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出産メモリー<5>

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カヨコが産み落とす次女編<2>

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つづきです。

 

さて、入院して何やらデジャヴな流れ。

まあ、1年ちょっと前ですからね。前の出産、入院って。

 

再び、看護学生さんも研修中でお世話してくれ、早速な処置は、「フウセン」バルーン投入!

 

2度めですから、あ、またアレ入れられるんだって感じで。

ただ、フウセン産むのは早かった!!

入れて数時間後にはトイレでブザーを押して、

「フウセン、産みました〜〜」

って言いました。

 

しかし!!!!

陣痛が来ない…。

そう、どういうことか、うんともすんとも言わない。

張りとかもなく、来ない。静けさがおそろしいくらいになんともないのです。

 

どういうこっちゃ!?

 

そして、やはり陣痛促進剤のお世話に。

曲がる針で点滴っすね〜。OK!どんとこーい!!!

 

かわるがわるにやって来る看護師さん、お医者さん。

「陣痛どうですか?来ました?」

「ぜんぜんきませ〜ん」

このやり取りだけ。

 

むむむぅ。

 

で、すっかりあたしは油断しきってました。

だってねえ、痛くないんだもん。ケロッとして普段通り。

 

「お薬ちょっと強めますね」と点滴をいじられてしばらくすると、ホント突然、

 

パン!!!

 

と音がした。自分の体内から。

 

瞬間、「あ!破水した!!われた〜!!!」と思いました。

陣痛はきてないけども…。

ひとまず急いで呼び出しブザーを押して

「破水した…と思います!」

と連絡しました。

「すぐ行きます」

とお医者さんたちも来てくれて、子宮口が開いているか調べられ、そして突如やってきた陣痛(いきなり強)の波!!!!

叫んでたような気がする…。

 

ほんと嵐の前の静けさだったのか。直前までケロッとしてたのが、破水をキッカケに突如強烈な陣痛の波。

しかも、あるはずの途中休憩も短い!!!!

ええええええ!?なんで〜〜〜!?

 

そしてすぐに分娩室へ。

 

慌ただしかった。

お医者さんも、看護婦さんも同じく。

お医者さん「薬、とめてないの!?とめてあげなさい」

看護師さん「ああ!はい!!」

 

もうね。

長女の時にゆっくりだった浣腸するヒマもなければ、次女も立ち会うって言ってたダンナにも連絡するヒマもなし。

 

いきなりやってきた出産の波に、ただ戦うのみ。

 

そして結局、破水から陣痛が始まり、約30分後…。

「おぎゃ〜〜〜」と次女の産声。

 

…ん!?早っ!!!!!

 

本当にあっという間に産んだという感覚。

苦しんだ時間、30分。

 

長女と違うのは、ちゃんとジワジワと自力で産み出した感覚があったかな。

ポンっとは出てこなかったd(^^)

 

産み終えた時、お医者さんが時計を見て、

「あ〜〜〜〜。うーん。おしいね。あと1分早かったらねぇ」

と言った。

 

ナンノコッチャ?

こちとら、一仕事終え、ふううううと泣き声にひたっていた所。

 

冗談交じりに

「生まれて早々、親不孝しちゃったね〜。あと1分!」

「え…1分で何かあるんですか?」と聞いてみた。

 

「ん!時間外料金がつく」

 

どうやら、ジャスト5時に生まれたっぽい。

時間外料金が発生する瀬戸際で超えたコ。

 

「ちなみにおいくらくらい〜?」

と聞いたあたし。

「ま、5000円くらいかな」と。

 

おおお!1分で5000円!すごいセレブな感じだ。

いつか1分で5000円稼いでくれれば問題なし!

 

なぜか生まれた時にこんな会話がかわされたのでした。

 

つづく。

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出産メモリー<4>

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カヨコが産み落とす次女編<1>

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思い起こせば、仕込んだ日から覚えてる。

…というのも、長女がまだ6ヶ月なるかならないかで子育て真っ最中な時、そして増えた体重がなかなか戻らずプチダイエットを進行中だった頃、ムショウに年子でもう一人子供が欲しいと思った日があるのです。

 

子供は一人だけかとかなんとか、別に決めてたわけでもなし、何年後に欲しいなんて明確な家族計画があったわけでもなし、ただ、10年先、20年先という、当時からすると、すごく先の未来を想像して、年子がいい!とモーレツな思いに取り憑かれたある日。

 

たった1日。チャレンジさせて!!!とお願いした。

当時のダンナはとくに年子だのなんだのーとかいうよりも、まだ長女ちっちゃいしー、みたいな考えだったと思う。

 

出来なかったらそれは運命。

 

別に基礎体温とか計ってたわけでもなく、ホント、なぜだかムショウに欲しい!と思った日だったのです。

 

結果、デキた。オメデトウ!!!

 

今思えば、ほんとすごい奇跡だよね。

この時、あたしが思ったこの「時」がなければ、今の次女はいないのだから…。

 

欲しいと思ってもなかなか出来なかったり、欲しいと思ってたわけではないのに、出来てしまったり。

世の中には、思い通りにならないのが常なのに。

不思議な運命だと思う。


当時のダンナは「俺って100発100中!?スゴクね?」なんていきまいてましたケド、…うーんどうでしょ。

あたしのおかげじゃない?とか反発して思ったけど、、、、。

 

結局は、きっと親を選んでやってくるのは、お腹のコたちであり…。

 

授かるべくして授かった命なのでしょう。。。

 

長女の時は、ツワリの時期、桃缶が食べたくて毎日取り憑かれてた。

次女の時はなぜかトウモロコシ。

時期外れなトウモロコシだったので、よく、真空パックのやつとか食べてたなぁ…。

 

醤油の匂いがダメになるのは同じで、お吸い物とかに入ってる醤油系を感じただけでオエオエしてたな。

とにかく吐きまくる。お腹の中は常に空っぽなんじゃないかと思うくらい、食べたら吐く。

吐くものなくても匂いで吐く(胃液しか出ない)の繰り返し。

長女のための離乳食、作らないわけにはいかなくて、作って吐く。

そんな状態。

 

ま、そんな時期も2、3ヶ月もしたら自然と落ち着いたけど、妊婦なのにツワリ時期で、体重がどんどん減っていた。

体重が産前に戻る前に妊娠したから、まあ、OK!

栄養は行き届いているはず。

 

ムスメ2人とも、実は産婦人科に行った時にもらった、お腹の中のエコー写真があります。

今では4DエコーとかなんとかDVDで動いてるのが記録されたりとあるらしいけれど(技術の進歩はスゴイね)でも、当時は感熱紙のみ。

母子手帳の中に、一応、大事にとっているけれど、今やただの白いレシート紙デス(^^;;

 

そんなこんなで次女をお腹に、出産に向けて日々は流れていきます。

 

言葉を少しずつ喋り出し、歩き出す長女と、どんどんどんどん大きくなくお腹の中の次女。

 

男の子か女の子かと聞くことは両方しませんでした。

でも、結局はエコー画像で推理できちゃうんですなー。(確定はしないんだけど。聞かないとお医者さんは秘密にしてくれたので)

あ。。。葉っぱっぽいのが見えた。女の子かな、って。

その頃はやはり、妊婦雑誌や、子育て雑誌なんかでいろいろ情報を得ることが出来てたから。

 

準備してた子供服は黄色が多かった。

理由は、男の子でも女の子でもどっちでもいいようにって理由。

長女産んでから1年ちょいで生まれてくるので、ちょうど、そのままスライドして使えるっていうのも年子の利点d(^^)

 

子育て進行しながらの次女出産!!!

 

再び、実家に里帰りで同じ病院で産むことにしました。

だってね、長女の面倒もみてもらわないと困っちゃうのでやっぱ実家が安心。

 

2人めは、初産より早いって聞いていたので、早めの里帰りをしました。

陣痛よ、いつでもこーい!と準備してたのですが…結局のところ、長女同様、予定日過ぎても陣痛が来ず、再び出産のために入院という形になったのです。

 

またか〜〜い!

 

つづく。

 

 

 

 

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出産メモリー<3>

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カヨコが産み落とす長女編<3>

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さらにつづきです。

 

長丁場だけども、ようやく分娩室に入りましたよ。

 

分娩室に入って、陣痛の波と一緒にイキむ〜て感じ。

「ひっひっふー」が「ひっひっふー、ウン!」てな感じに変わり、まさに聞いてた通り、ンコする時と同じイキみ方。

 

上手上手〜と言われながらイキんでるけど、なんかスッキリしない。

で、次の波で産みましょうね〜と言われて、立ち会いを希望してたダンナが入ってきた。

 

「がんばれ〜」とそれなりに応援し言ってた(ような気がするが…ほぼ覚えていない(笑))

 

渾身の思いで便秘の時もこんなにイキんだことねーぞというくらいイキむ。

でも、なかなか変化なし。

 

お医者さんが、「吸引しますね」と声をかけ、どうやら掃除機のようなもので頭を吸い出そうということらしい。

「ふ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」イキむあたし。

吸い込むお医者さん。

 

これ以上はイキめないくらいイキむあたし。

でも動かない…????ハテ?

 

お医者さんがちょっとこれは…という顔をして、

「ちょっとお腹押してお手伝いしますね」

といって、「ふ〜ん!!」と同時にお医者さんがあたしのお腹をエイっと圧迫。

 

すると…

 

ポン!

 

…いや、ホント、ポン!って感じ。

あまりにも一瞬で、それまでの渾身のイキみは何だったのかと思うくらい拍子抜けな「あ、出た…」でした。

 

ジワっと少しづつ出てくるんじゃないんか〜〜〜〜い、と思いつつ。

 

感動的な親子の対面の前に、あたしの体内から、なにやらドボドボと流れてる感じがして「あの〜、なんかドボドボ出てる感じがするんですけど〜」とお医者さん達を見ると、その時いた看護師さん達も、皆ジ〜っと釘付けで見てる。

「え!?ナニ、怖い〜」と言ったら、お医者さん達は見ながら「うん、まあ、大丈夫。ちょっと…ちょっと、普通より出血多いかな…うん」と観察。

その間、ずっとあたしはドボドボを感じてた。

ひ〜〜〜。怖いよぉ〜。なんなの。。。

そして、ダンナは顔面蒼白で固まってた。

(あとから聞いたら、あたしが、このまま死ぬんじゃないかと思ってたらしい。)

 

そして、ようやくご対面。

ちょっとだけ胸の上に乗せてもらって、「女の子ですよ」って。

ハイ、お待たせしました。

こうして長女誕生!!!

なんだろう。苦しんだ割には、あっけない他力でポン!と出されてしまって、本当に産んだのかあたしは…と複雑な気持ちと、10ヶ月近くお腹の中にいたのがこの子なんだな〜と不思議な感覚で感情的にはよくわからない。

イロイロと検査だの何だのあるのと、あたしの体を休めるために、長女ともダンナともしばしの別れ。

 

そして、胎盤も出て、なんとか処置をしてもらい、言われたのが、へその緒が2周くらい首のあたりに絡まってたみたいですね、てことでした。だからイキんでもなかなか出てこれず、という訳だ。

 

吸い込んだり、圧迫されたりで、あたしの体には思った以上に負担がかかったようで、その後、ビックりするくらい体が動かせなかった。

分娩台から移動式のベットを真横に持ってきてもらったのに、移ろうにも体がホントに動かせず、足1本も持ち上げられず、結局看護師さんたちにゴロンゴロンと横からフンコロガシのように転がしてもらって移動。

病室のベットにも、ゴロンゴロンと転がされて寝かされた。

なされるがまま…。

 

脳内では動かしているのに言うことをきかない体、初めての体験でしたね。

免疫成分たっぷりという初乳を飲ませるために、おっぱいマッサージャーの助産婦さん(?)も来て、ゴリゴリされました。

飲みにくそうな乳首ね〜と文句言われながら、ゴリゴリ容赦なくマッサージして搾り取られました。

痛いっすよ。とにかくこれが痛い!

「はい、出てきた出てきた♪」と嬉しそうにやってくれるけど、こっちは苦痛の顔。

 

おっぱい飲むのも赤ちゃんにとっては初めてだから、初めはうまく飲んでくれなくても、だんだん上手になるからって言ってましたね。

 

確かに。

赤ちゃんにとっても、母親にとっても、すべては初めてのことだらけなわけです。

飲む方も飲ませる方も、だんだん上手になればいいんだと。

最初は皆ヘタクソで当たり前なんだから。

 

さて、気になる所で、お産の痛み。

後々いろんな人からいろんなお産の話を聞くけれど、陣痛の痛みがスゴイと言っている人はむちゃくちゃ多かった。

あたしは、陣痛の痛みより、実は出産後の「痔」の痛みの方が残ってます。

出産当日の夜、痛みで幻…というか精神的におかしくなってた。

 

出産時に会陰切開って怖いってきくけど、あんなん痛くない(と思う)というより切開した方がキレイに治るんだからいいじゃんとさえ思う。

 

上から下から他力で、負荷がかかったからなのか、あたしの傷はどちらかというとおケツの方がとにかくひどかった。

裂けたのか、イキみが渾身すぎたからなのかよくはわからないけれど、出産当日の夜は、痛みでなぜかガラスがお尻に刺さってると思いこんでいた。あまりにも痛がってるので、看護師さんが座薬しましょうか?って言ってくれてるのに、そんなことしたらもっと痛いと勝手に思い込み、そんな看護師さんが暗殺者のように感じてもいた。

…うん、あの時のあたしは痛みで相当オカシクなってたと思う。

 

その後、結局半年間くらい痔と戦うことになり、円座ちゃんを手放せない、うつ伏せでしか眠れない、そんな記憶があたしにとっての出産の痛みでした。

 

 

さて、そんなこんなで長女出産エピソードは終盤です。

 

長女はベイビー時代、夜泣きもあまりなく、ゆっくりと寝かせてくれるし、母乳が出なくなってもミルクを嫌がることもなく、あまり手のかからない、いいコでした〜☆

 

うちの両親からしたら、初孫。

今のあたしと同じ歳に「じーちゃん」になった父、39歳で「ばーちゃん」になった母…。

 

入院部屋でお隣のベッドにいる39歳のママさん、あたしのお見舞にきている祖母になった同じく39歳のあたしの母…。

 

人生イロイロですなd(^^)

次回は次女編〜〜〜〜〜〜!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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出産メモリー<2>

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カヨコが産み落とす長女編<2>

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つづきです。

 

フウセンを入れてからは、ホント後は暇つぶし。

 

入院者の中でも、あたしは一番若く、大部屋で6人くらいの病室だった。

隣に入院してたのは、当時のあたしの母と同じ年齢で39才だったのを覚えている。

 

そして、研修期間中の看護学生さんがいて、かいがいしくお世話してくれた。

学生さんっていってもほぼ同い年。

話をしてみると、私の同級生を知っていたり、なんとも不思議病院空間。

 

同室の人たちの中はすでに赤ちゃんを産んでる人もいる。

 

あたしの陣痛、まだ来ず…。微弱陣痛らしい。

 

仕方ないので、陣痛誘発剤とやらを点滴することに。

そのままお産になるかもしれないので、クニャクニャの曲がる針とやらで、手の甲から点滴。

 

その後、おお!やっと陣痛来たかなと思ったのに、本格的にはならず、いつの間にか陣痛が遠のく。

これを何度か繰り返し。

結局は日をまたいで、明日にしましょう、と言われてしまう始末。

ゆっくり寝て、体力を明日に備えてということで。

 

この辺になると時間とかの記憶はもう曖昧です。

思い出しながら。

 

んで、夜中だったと思うのだけど、突如、便意をもよおし、点滴くんと一緒にトイレへ。

すると、あたしは、う◯ちくんのつもりだったのに、なにやら違う透明なものがポコッと出てきてビックリ。。。

 

なんじゃこれ〜!!!!!

 

…あ!フウセン!!!バルーンだ!!!入れられてた時は見えなかったけど、こんな形してたんだ!!!

へえ〜へえ〜へえ〜と意味もなく感心。

こんなアイスあったなーとか思いながらマジマジと見た後、生まれて初めてトイレの緊急ブザーを押した。

 

「どうしました?」と放送が聞こえてきた。

 

あたし「えっと、えっと、あの………フウセン、産み落としました!!!!」

 

「…え?………あ。わかりました。流さずそのままにしていて下さい。すぐ行きます」

 

到着した看護師さんが、じーっとソレを見て、回収してくれて破棄。

 

「子宮口が開いてきたみたいですね。破水はまだですか?」

みたいなことを言われたけど、破水…正直どんな感じが破水なのか分からないけど、実際なったらきっと分かるのだろうと、たぶんまだですと答えた。

 

陣痛がなかなか本格的にならないよ〜と思いながらも、内診され、子宮口開いてきましたね〜、と。

それでも陣痛がサヨナラしかけるので、ちょっと薬強めますねと、いよいよお産のカウントダウンか!!!ということに。

 

それからは陣痛がじわじわと本格的に強まってきて、間隔もやっと短くなってきた。

マタニティー講習で習った呼吸とやらを看護学生さんも一緒になってやってくれた。

母も、背中をさすったり押したりと、イロイロやってくれた。

痛みのある中で、息を止めずきちんとお腹の子に酸素を送る呼吸。ラマーズ法。

最初は「ひっひーふー」だったっけな。

 

正直に言おう。

こんな時、男はホント役にたたないもんだ。

オロオロと、どうしていいかわからず、ただ、「がんばれー」と声をかけるのみである(笑)

ま、しょうがないよ。

これは女性にだけ与えられた特権でもあるしね。きっと同類にしかわからない痛み。

 

でも、陣痛って不思議だ。だって、痛みの波があって、要は休憩がはいるんだよねー。

よく出来てると思う。これも生命の神秘。

お腹の子も、母親の身体も、すごい体力使って、この世に生まれよう、産もうとするから、きっときちんと休憩があるんだよね。

体力を温存しながら、ラストスパートに向けて、じわじわと出てくる準備をしているわけだ。

 

強くなり始めて、おしっこしたいわけでもなんでもないのに、何かがジワーと出てきた。

破水!!!コレだ!!!破水!破水!わかった!

こんなじわ〜と出るものなのか…。

(と、この時は思ってたけど、1年後、次女の時はまた違った破水で、ホントお産は一人一人違うのだなと思うのです。)

 

それからは浣腸。

出来る余裕があった(らしい)から、とにかく我慢できるだけ我慢して、全部出しちゃって。

でも、イキマないでって言われた。

イキんだら子供でちゃうよっと半ば脅されて、トイレで浣腸の影響のお腹キュルキュルと、陣痛と戦う。

コレが一番、何とも言えない複雑な状況!

キュルキュルと、陣痛の張りと痛みが同時進行。

とりあえず無事に浣腸くんのキュルキュルを一段落させ、病室に戻っていよいよに備える。

 

分娩室の手前の部屋(分娩準備室だったっけな)で様子を見る。でも、それからもすごく長い時間がたった。

子宮口が、まだ十分に開いてないからって数時間ごとに何度も確認。

その間、あたしより後に、分娩準備室に入ってきた人に先を越されたりとありました。

 

でも来る時は必ず来る。

ココまで来て何にもなくなるってことは絶対ないのだから。

そうして、ようやくあたしの子宮口の開きにもお医者さんがOKを出してくれ、いよいよ分娩室へ!

 

そう!!!!ようやく産める!!!!!

 

 

…てことでつづく☆

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出産メモリー<1>

劇団「とんとこパピィ」で、県内の高校生や新成人の皆さんに向け、結婚や出産、子育てについての事業に関わるようになり、なんかちょっと触れてみようかと思い立ちました。

 

あたしの出産体験メモリーd(^^)

 

…とはいえ、もうかれこれ…体験談はすでに21年〜23年ほどに遡る…。

 

なんだかんだで2人のムスメ達を産んだことですし、共にエピソードはあるけれど、順にまずは長女編からまいりましょ〜〜☆

ムスメ達も、今は成人を超え、そう言えば、詳しい事細かな話なんて幼い頃にはしてないと思うので知らないかもしれないしね。

まあ、コレを見るかどうかはともかく、書いてみましょ〜。

ちょい長いストーリーかもしれないけれども。

 

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カヨコが産み落とす長女編<1>

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初めてのニンシン!妊娠。時はだいぶ昔〜。平成の世に入って5,6年経った頃の物語。

齢ぴっちぴちの華の18才。あたしは高校を卒業後、公務員として働き始め、約半年ほど経ったある日。

おっかし〜な…まさかな〜…。。。。身に覚えはあるが…。

 

と、薬局で買った妊娠検査薬を使ってみたらまさかの陽性反応!!

 

あああああああ!!!デきてる〜!!!!

 

本音の本音を言うと、万に一つ、デきても構わないし、もしもデきたら、それはきっとあたしの運命で、何があってもあたしは絶対に産む!って思ってた十代。

 

なんだろうな…。別に誰に言われたわけでもなく、押しつけられたわけでもなく、ただただ「命」っていうものの重さを感じてた。

 

大人なんて大っ嫌いだと思ってた反抗期。

大人になんてなりたくないと思ってた思春期。

ロクな大人が周りにいなかったと感じてた。

そんな現実からの逃げ場所があたしにとっては「学校」であり、「本」の中の世界だったのかもしれない。

たくさんの友達と、本の無限の世界の様々な影響なのか分からないけれど「命」というモノに対しての、あたしなりの答えがすでにあった。

 

例えば、望まない憎い相手の子どもだったとしても、犯罪で犯されてできた子どもだったとしても、自分が貧乏で、どうにもならない状態でも、とにかくなにがなんでも絶対に産むと決めていた。

 

宿った命は、あくまで一人の「人間」。

あたしの分身でもなければ、相手の分身でもない。

そんな人一人の命をあたしごときの一存で、決して生死を決めてはいけない、そう思ってた。

宿ったからには意味がある生命なのだと。

 

 

だからねぇ、あたしの中では、 妊娠=産む としか答えが無かった。

これだけは、揺るがない。

 

もちろん、妊娠発覚時は未婚。

そしてすぐに誕生日が来て19才とはいえ未成年。

 

色々とモメそうだ。

 

…とは思ったものの、うちの両親も実は同じ歳くらいにあたしを産んでいる。

これは結婚が決まってから、結納の時にサラリと知らされる事実なのだけど、両親は16才(母)と19才(父)で、自分たちで勝手に保証人をたて、入籍、結婚し、その間、二度ほど子供を諦めなければいけなかったらしい。

母体の命か、子供かといった選択に迫られる状態だったと…(詳しくは未だに聞けてない)

そうしてようやく二十歳の時に生まれたのがあたし(長女)だった。

 

そんな過去を背負ってたせいなのかなんなのかよく分からないけれど、思ったよりもスムーズに、大きな反対もなく、現実を受け入れてくれた。

 

おっと、話を戻そう。

まあ、そんなわけであたし的には、妊娠=産む という意思がはっきりしてて、妊娠検査薬で陽性になった時は、驚いたのと、実はやっぱり嬉しかったのですよ。

 

で、生まれて初めての産婦人科へ行きます。そこでは、間違いないです、とか順調ですとかを、確定してもらい安心したくて行ったんだけど、まあ、とある佐賀市内の某産婦人科に行きましたら、ショックでした。

今でも忘れもしません。

 

「出来てますね」

 

これはいい。確定できました。ありがとうございます。

で、この直後、事務的に、、、

 

「産みますか?」

 

って…。

 

 

女医さんだったけど、この、なんだろう…あたしが十代で未婚だったからなのか、この対応。

ハッキリ言って、ものすごい、ショックだったし、産まない選択肢なんて考えても無かったから、ナニ、いきなりその質問!?ってカチーンと来ましたね。(もちろんその後その産婦人科には二度と行ってません)

 

今思えば、お医者さん的には、そんな深い意味のない質問だったのかもしれないけれど、当時のあたしはすごくショックを受けたことを今でも覚えています。

 

それから産むまでは、幾つかの産婦人科に通院しました。

初めての妊娠、出産。

 

何もかも初めて知ることばかりでしたが、幸いにも(?)16才で子供を産んだ仲の良い友達もいたので、話を聞いたり、そして何よりも、一番身近な先輩が「自分の母親」だってことをすごく実感しましたね。

 

そうだよ。あたしを産んだんだよこの人!!!っていうことですごく頼りになり、心強かった。

 

「お産は一人一人違うから」「初産は遅いっていうから」とか予定日過ぎても陣痛が来ないあたしを安心させてくれました。

 

いやあ、ホント、あたし陣痛がなかなか来なくて…。

 

予定日前から、いつでもこ〜〜〜い!って出産入院準備品を用意して、実家で過ごしてたんだけど、予定日2週間過ぎても、まあ、来ない来ない。

痛みってどんなん?とか、張ってる…ような気がする…けどぉ…でも…違うか。。。なんて感じ。

 

で、結局、そろそろ出さないと産むのもきつくなるし(赤子大きくなりすぎて)ということで、陣痛来てないけど、出産のために入院。

 

入院してからは、陣痛を起こさせるためにということで、イロイロされました。

 

まずは「フウセン」

正式名称はよくわかんないけど、まさに風船!子宮口を開く為に水風船みたいなものを入れました。

 

子宮口を人工的に広げながらも、より自然に近い刺激で、陣痛を促す的な?(専門家じゃないんで間違ってるかもしれないけど)

フウセン…まあ、なんつーか、タンポンみたいに入れて、浣腸型っぽいフウセンにそれこそ水入れて膨らまして、子宮口を広げる的な感じでしたね。

 

違和感はなかったかな〜。これ入ってんの?って感じで。

 

さて、だんだん話がリアルになってきたぞ〜!!!!

 

この続きはまた次にします☆

 

つづく…

 

 

 

 

 

 

 

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ログインするのに悪戦苦闘した

こちらはおひさ〜。

久しぶりだけどブチブチいいま〜す。

でも本名で書きます。

匿名でブチブチ言うのは、戦略以外はただの卑怯ですから。

 

正義は勝つ!なんてなくなってしまったのでしょうか…。

正論よりも権力が勝つ世の中、なのでしょうかね。

 

あたしは表に出て来る情報が、絶対に正しいなんてさらさら思ってません。

自分の目で見て感じたものが一番の真実で全てです。

 

叩けばホコリの出て来る人は山ほどいるけど、叩いてもホコリの出ない人にホコリを作ることができる世の中。

そしてそれを情報だけで、「そーですね」と簡単に言える無責任な発言をできる人々が多い。

 

嘆かわし…。

 

全てはたしかにメリットがあるかないか。

でもねー。お金じゃない、お金で買えないメリットって、スゴク長く息づく大切なものだと思うのです。

 

お金で買えないメリット。楽しいと思う感情、その人の刺激によって気付く自分の能力、間接的に自分の未来に続く何らかのもの。

 

ま、あたしも結局は自分のために生きてはいますけども。

でも、だからこそ「目」だけは養いたい。

判断基準である「目」は重要。自分の「目」が全て。

 

 

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