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言葉

何が正しいのかよくわからない。

何が正解なのか誰も知らない。

そう思う。

 

何を基準に考えての応えを出せばいいのか。

 

人生40年オーバー…いっても正しい基準はコレって言えない。

 

自分の目が一番の基準ではあるけれど、それが正しいかどうかのものさしはない。

 

矛盾だらけの世界で矛盾だらけのルールに従って、矛盾だらけの応えに日々格闘する。

 

正直者が馬鹿をみる…なるほどと思う実感するけども、嘘はやだな〜と思うし、嘘ついてまでやりたいことではない。

 

何かをやりたいって目的のある人って羨ましいなと思う。

そこにちゃんとした自分の意思があるから。

だからってあたしのように何かやりたいって意思がないのも否定しない。

でもね、明確な意思はないけれど、何かを求めている。

何かは明確ではないけれども。

 

言葉にできない何かは伝えることが難しいだけで、きっと「何か」なんでしょう。。

 

ん?つーことは、言葉の限界をこえちゃってる「何か」ってことでいいんでないか!?

明確に今ある「言葉」という手段で伝えることが出来ないだけで、「何か」は無いのではなくて表現できないだけではないのか?

 

そんなことを考える四十すぎのワタシ…。

 

言葉の限界。

言葉を超えるソレをどう表現すれば、他者と共有できるのか。。。

 

共有したいからその手段として「言葉」があるはずなのに、言葉ってなんて薄いのかしらねー。

 

完璧じゃないな。

 

言葉なんて一種の手段であって本質ではない。

 

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つれづれ

15を過ぎた頃、あたしは芝居と出会った。

それから早、まるっと、ん〜〜〜、…28年くらい???になるのかな?
ともかく30年近く芝居ってものに向き合い、役者って…どうあるべきかとか自分の存在ってなんやとか、とにかく色々考え続け、そしていまだに新発見の連続である。
昨日も実感!!!!
30年弱…も経ってるのに!振り返ればなんて長い時間。
ま、新発見って言っても、見てはいたのに、どうなのかいうことを人に説明できるほど分析できていなかったというか。。。
日々成長!いまだに感じる。
本当にゴールってないよね。て思う日々。
世界や、自分の知らないことって、宇宙のように、ホント未知数なのに、なんで満足できたり、せまい範囲で自分が望むように思われてればそれでいいと思えるのか理解ができない。
死ぬまで、未体験の事は山ほどあって、それを体験できる機会を楽しみたいし、知らなかったことが、たまたま知る機会があれば、それを楽しみたいし…。
一生って短い。。。。
興味ないことはとことん興味ないけども、キッカケがあって、可能性を見いだせる何らかのパワーを感じたら、それをめいっぱい楽しみたい!!!
んー。。今の若者…現在のAIくらいの理解能力か…
悲しいね〜。
本来の人間の能力、使いこなせずに。
これこそほんとの「宝の持ち腐れ」
本来の能力の数%しか使ってないって定説だけで、あたしは自分が人間であるってことだけで、まだまだ可能性あるのかもって本気で思ってたし、まだ伸ばすことができるかもって可能性捨ててないけどなー。。。
単純なのか、ただの仮説におどらされてるだけなのかわかんないけどもね。
勝負事の統計的な計算処理能力、そのスピードではAIには負ける自信あるけど、本当の意図、隠された心情、感情、計算や統計では出せない複雑な心理、いつまでたってもAIには応え出せないと思うけどな、ほんとのところは。
それくらい人間の感情や心理って、複雑で深いし、フローチャートでも答え出せないはずだから。
状況、立場、相手に対する恩義、建前、営業、色んな想いが渦巻くのが人間であり、答えがありそうでなかったり、相手によって変わったり…それが面白いのに。。。
便利になりすぎるのも、よしあし。
本来の能力あるのに使わなくても良い環境が、使い方が分らなくてどうしていいかわからない人間を育ててしまう。
考えりゃいいのに…。
もしも、ネットがなくて、答えが分らない、でもどうにかしなきゃいけないとなったらどうする?って。
おお!サバイバル!!!!
今本当に必要なのは、サバイバルかも!!!
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本望?

このブログ、酔っぱったら書く…のかな。

いやあ、別にねえ。
あたし毒舌でもなんでもないつもり。
ただ自分に正直なだけ。
おもろくないものはおもろくないし。
下手だ!と思ったものは下手だと思ってるし、クソやと思ったらクソやと言ってるだけで。
そもそも正直に思ったことをただ口に出してるだけで。
そこにいつでも悪意はない。
悪意ってなんぞや?
思ってもいないことをテキトーに言うことのほうが悪意と思うのだけども。
テキトーってことは自分の言葉に何の責任ももたんぞと言うことであり、どうでもいいことのあかし。
そして、本気でどうでもいいて思ったら、話題にするのも時間のムダだと思う。
いいけど。
自分の目で見たものの判断が一番正しくて、間接的なものは自分の目が正しいかどうかが試されるだけ。
その人の目を通して見ることがどれほど自分判断とのズレがあるのか。
だからあたしは、あたし自身を知ってない人にどう思われてもかまわない。
お好きにどうぞ〜。
役者として舞台にたつのははおもしろい。
別に、初対面で、あたし自身を見てほしいわけじゃない。
「役」としてそこに存在し、感じてもらえれば本望だ。
うん、役者としては、究極の詐欺師でありたいな〜。
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誰のため何のため

誰のために、何のために…?

答えは1つ。
いつでも自分の為に、自分自身のためにです。
あたしは、人のためにとか誰かのためになんて言ってるやつほど信用できない。
はあ?だれが?あなたは人に何かできるほど、そんなすごい人なんですか〜?
それほどの人間ですか〜?なんて思ったりする。
人間なんてちっぽけだ。自分が出来ることなんてたかがしれてる。
そもそもボランティアって言葉が大嫌いです。
いや、行為を否定してるわけではないんです。
そもそも人のためにとか誰かのためにって思ってやってる人たちは、そうすることで自分の何かが満たされるわけであって、それで、結果誰かのためになったり、誰がが幸せになれば、それはそれでいいと思ってるんです。
それがボランティアということだったり、誰かのためにという大義名分の元、自分が満たされる行為だったりすると。
所詮、卵が先か鶏が先かの話です。
だから、自分が満たされる事の先に人の幸せがあるということであれば、ぜんぜんいいと思ってます。
ただ…、なんだろ。
押し付けがましいとかそういう風に感じてしまうのは…さもやってあげてる感を出す人たちにでしょうね。
自分が上にいるような立場で物言う人たちは嫌〜な感じしか感じません。
やりたくて、やって、自分が誰かの役にたったという満足感。
自分の満足を得るためにやってます。
その方が潔い。
その結果、誰かが幸せになるって、いいじゃない?
最初からこの人のために、私動きました!やりました!って主張するのがなんだか鼻につく。
あたし、ひねくれてるのだろうか…。
行為はきっと同じなんだろうけど、それをわかってやってるのか、そうでないのかでなんだか違う印象を抱く。
そしてボランティアで…って言ってくる人ほどボランティアの意味合い、なんだかズレてると思う。
タダでやって〜って意味?
いやいや。
タダじゃないのよ。どちらかと言うと、かかる経費そちら負担でシクヨロって言ってるんです。
タダならまだしも完全にこちらから経費出してるんで、そりゃ経費の搾取ですよ。
こちらが経費出してでも、そこでこうすることは意義のあることですので、こうさせて下さいってのがボランティアじゃないの?
あ。
べつに何かあったわけじゃないけれど。
いつも何となく感じてること、ビール飲んだら書きたくなっただけー。
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ぼーっとビール飲みながら考えてた

そういえば…人が自分を見る目が気になる…って時代もあったなぁ。

すごい小さい頃。

小学校卒業するくらいまでかな。

 

自分に自信がなさすぎて、他人の言うことが全て正しくて、自分がいつでも間違ってる気がしてた。

ちょっと何か言われるだけで、グスグス泣く泣き虫だった。

(今のあたしを知る人には信じられないかもしれないけど)

2月の節分が来るたびに先生に「泣き虫鬼を追い出そうね」って言われてた。

 

…今じゃ逆に泣くってことがなさすぎる!!!極端。

汗が目に染みたり、あくびで涙することはあっても…。

映像見ても、編集や製作者、監督、演出の意図を感じ、いやあ、うまいなぁとか、こういう狙いか!と感心するだけ。

高校時代から感動的な映画見ても、グシグシ泣いてるのは隣にいた当時の彼…。

そっとティッシュを差し出すあたし…。

 

何で自分は泣くんだろうって、いっぱい理由を考えすぎた結果かもしれない。

 

自分自身の身に降り掛かった悲しい出来事の時はもちろん泣くよ。嬉しい時も!

 

でもねぇ…

その感情はいたって分かりやすくシンプル。

 

他人に何か言われても、自分の考えがきちんとしっかりしてれば、他人の言葉で泣くこともなく、怒ることもなく、そんなに左右されない。

今は、他人にどう思われようが、何言われようが、逆にその他人の評価をしている自分がいる。

そう思うってことは、この人こうなんだなとか。

 

あたしが人を嫌う時はよっぽどだと自分で思ってる。

ちゃんとその人がどういう人なのか自分の肌で確実に感じ、試し、対応した結果、そうだといえる。

だから自分が嫌いだと言っている人の嫌ってる理由、きちんと言える。

ただし一言では言えないくらいのエピソードを添えて。

 

「好きじゃない」って言ってる人は、こういう人だなという今の地点での自分判断であり、もしかしたらよく知ったら、いい意味で期待を裏切ってくれる人かもしれないという可能性の人。

その時はきっと実感するんだろうね。あたしの見る目もまだまだだなって。

そういう事が起きたら逆に嬉しいんだけど、未だ裏切ってくれる人はいません。残念ながら。

 

あたしが人生42年生きてきて、本気で嫌ってるのは4人です☆

 

平均すると…10年に一人。

これは多い方なのか少ない方なのか…。

一人は今はもうこの世にいない肉親ですし。

 

人を嫌うって極力難しいし、どうでもいいって思ってる人のほうが圧倒的に多い。

そして、好きだなって思ってる人が中間数なんだな〜。

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たった1つの願い

<カヨコの出産メモリー番外編>

 

最近は、いきすぎる親の過保護、教育に熱心になりすぎてモンペアなんて呼ばれたり、就職後の会社にまでも親が介入、何かが間違って親子仲に確執が生まれたりと…。

世の中悲しい事件や、関係性の歪みなんかを多く感じる。

 

何かできる力があるわけじゃないけど、あたしが気軽にこうやって残してる文章とかが、これから子供を産んで育てたりと未来を担う次世代を育てようとしている人たちに、なんらかの1事例として参考にしてもらえればいいなと思う。

 

さて、うちのムスメ達、もう二人とも成人を過ぎ、それぞれの人生を育んでいるわけですが、まあ、親の目からだけど、贔屓目なしにみても、優秀!だと思う(笑)

まあ、もちろんまだまだ、あたしもそうだけど、人間として成長していく余白はたっぷりあると思うのだけど、それはさておいて。

 

それぞれの考えをきちんと持って、それぞれ自分で判断し、決断して行動をし、今を生きている。

 

誇りに思う!いいぞ!何もしてないのになぜかあたしの評価も上がってるし!!(笑)

ぎょふのり?っぽいけど結果おーらい!!

 

どうやったらこういう子に育つの?とか、子育て相談したかったとか…今までいろんな人に言われたんだけど、大してスゴイことしたわけじゃない。

でも、じゃあ、根本はなんだろうと考えて見たら、実は去年くらいに出た答えがある。

 

「たった1つの願い」

 

これだけ聞くとなんじゃそら?と思うかもしれない。

 

昔読んだ絵本「アラジンの魔法のランプ」では、3つの願いを叶えてくれるランプの妖精が出てきた。

もしも本当に願いが叶うなら何を願うだろうと、本気で悩んだカワイイ時代もあった。

 

それが、長女を出産して間もなくのこと、ある人からこんな話を聞いたのだ。

 

「子供が言葉を喋りだす前に、1つだけの願いをずっと言い続ければ、本当に叶うらしいよ。

寝た後とか、暇を見つけて気付いた時に呪文のように言っていれば、暗示の力で本当に叶うんだって。」

 

ただし、条件があって、

1、絶対に1つだけ

2、主観の願いであること。

(主観的な願いは「あなたは動物が好き」とか「勉強が好き」とかで、客観的な願いである「健康でいて欲しい」とか「お医者さんになってお金持ちになって欲しい」とかはNG)

3、喋りだしたらもうしなくても大丈夫

 

この頃、武井壮さんが医者にも見放された怪我で動けなくなった自分の身体を、イメージと暗示で動けるまでに治したということもあり、その話も聞き、なんだかその話に説得力もあるように思え、信じてやってみようと思いました。

暗示力ってスゴイのかもしれないって本気で思ったんです。

 

それから数日、考えましたね〜。

本当にもしも願いが叶うなら。たった1つの願い事。

しかも条件的に、主観的な願い。

 

ぐるぐる考えました。

「健康でいて欲しい」…という願いがある場合…じゃあ主観に置き換えると、健康でいるには何を好きであれば健康なのか…「何でも食べるのが好き」?そんな主観?いやでも、何でも食べるから健康とは限らないし…。

「お金に困ってほしくない」…という願いの場合は、、、主観だと何だ?お金を稼げる…?勉強が好きになればいいのか?いや、でも勉強好きでも金に困らないわけじゃない…。

 

難しかったです。

願いというものはどうしても、客観的で、しかも人間は欲深く、たくさんの願いがある中から、たった1つを決めなきゃいけないということまで制限されてましたから。

 

願いは尽きず、本当に何日もいっぱい考えました。

「健康でいて欲しい」「いじめられないで欲しい」「いじめっ子にはなってほしくない」「真っ直ぐな人間になって欲しい」「頭はいい方がいい」「怪我しないで欲しい」「生活に困らないで欲しい」「愛されるような人間でいて欲しい」「人を助けられるような人間になって欲しい」…本当に次から次へと。

 

たぶん、今モンペアと呼ばれている世の親御さんや過保護すぎる方達も、決して悪気があるわけではなく、そんな思いからお子さんや、周囲への対応がちょっと過激になってしまってるだけで、本質にはこういう願いがあるんだとは思います。

 

あたしは悩んで悩んで、何度も願いを比較して、結局出た、どうしても外せない、たった1つの願いはこれでした。

 

「生きていればそれでいい」

 

意外とシンプルなのが残りました。

そして、んじゃあ、願いは…どうしよってなるわけです。

 

どう主観で頑張っても天命はどうにも出来ないし、事故の回避とかそんなこともどうにも出来ないし…。

事件に巻きこまれるなんてもってのほか。コワイ…。むむむ。

 

で、またいろいろ考え出すわけです。

生きてて笑っててくれたらいいな〜くらいのシンプルな願い。

でも、じゃあ、どういう人間だったら、いいんだろうって。

周りにたくさん助けてくれる人がいて、一人ぼっちじゃなくて、幸せだったらいいのかな。

じゃあ、どういう人間であれば、人は手を差し伸べてくれるだろう…一人ぼっちにならないだろう…。

 

また数日グルグルと考えました。

 

で、答え、出しました。

あたしがそれから長女が喋りだすまでの間、ずっと呪文のように寝かしつける時、ミルク飲んでる時に、ブツブツ呟いていた呪文。

「◯◯ちゃんはね、皆が大好きだよ〜。まわりにいる皆が好き〜」

 

自分が嫌いだと思ってる人には絶対に好かれない。

だからとにかく好きだったら人は好意をもって接してくれる。

 

まあ、ちょっと途中で、見る目を養う事を教えないと、結構紙一重だな…世の中、理解しがたい人もいるのも事実!とも考えてましたが。

 

暗示実験、だったので、実は次女には何もしてません☆

だってねえ、比較対象がないと、実験にはならないしd(^^)

 

長女、次女、この差があるかどうかは、まあ、現実に2人を知る人間が判断してくれるでしょう☆

 

でも、実はわかったんです。

本当に、去年。

ああ、この暗示って、実はあたし自身にもかけてたことなんだって。

 

たった1つの願いがはっきりすると、別に例え勉強しなくてもギャンギャン言わないし、本当に本音で、その勉強、なんの役に立つん?とか平気で言える。

宿題とかあっても、それをやらないことで死ぬこたないから、あたしは困らないよって言ってた。

本当にやりたくないならやらなくていいとさえ言ってた。(ただ、どうも本人が、それじゃあ自分が困ると判断してやってたっぽいけどw)

忘れ物しても、あたしは困らない。困るのはだーれ?

試験でいい点とれんでもあたしは全然平気(本気)。(でも二人ともむっちゃ上位の成績やった)

 

うーん、なんでしょ?

自分の意思って自分で作ってくものなんだなって思う。

結構、人間ってすごい能力、誰もが持ってるんだから。

言葉で言うのは簡単で、行動するのは難しいかもしれないけど、その能力、信じればいいだけなんじゃない?

 

危ないことに巻き込まれたり、本当に精神的にダメージを受けてる時には、そこから助けるアシストはもちろんするけれど、命に関わることって、そうそうないから…。

ただ、何か本当に助けが必要な時は、世界中の全てが敵になったとしても、最後まで、あたしだけは味方だよということだけは絶対である。

 

なんだかまとまってるのかまとまってないのかよくわからん文章になってしまったけど、時間を短縮して文章にするのはむずかしいのだ〜。

| 出産メモリー | comments(0) | trackbacks(0) |
中途半端なアングラはキライ

この世の中で、キライなものなーに?

て聞かれたら、まあ、とりあえずニンジンって答える。

 

そんでもって、長年、芝居に関わってきてるけど、とにかく中途半端なアングラが大嫌い。

アングラなよくわかんない話ってのの唯一は、良く分からないけど目が離せなかったという感想だけが賞賛。

コレが最高の賞賛であって、わけわからない上に、ちょっとでも眠くなるってのは、もう絶対的に意味が分らない。

 

わけわかんない中で、眠らずに目が離せなかったってのは、それって役者能力じゃね?と思うわけよ。

ま、好きじゃないけど。

あたしのような単純明快な人間は、ストーリーラインを単純に追いかけ、面白いか面白くないかを感覚で感じる。

でもま、芸術的感覚のある人間なんて超少ないと思うので、あたしのような感覚の人間が絶対的大人数だと思ってる。

深く考えず、あくまで娯楽という時間を過ごそうと思ってる人はそんなもんでない?

 

まあ、人には好みってのがあるから、そういったのが好きな人は好きでいいと思う。

 

でも、あたしはキライ。

そして、中途半端な(役者能力が低い)アングラほど見苦しいものはないとさえ思ってる。

だから押し付けるな。

それで観に行ったら、自費で観た分、正直な感想をぶちまける。

これまでの自分の目…養ってきた分、大分性能上がってる。(と自負している)

だってこれまで予想を裏切ることがない。

 

そら、本当は裏切ってくれた方が嬉しいけども、裏切ってくれない裏切りをこう何度も何度も経験すると、それはもう試す気にもなれない。

 

だから関わらない。

 

それが唯一あたしができるある意味の協力。

| こんな日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
むむっ

とうとつだけど、宗教について。

 

あたし自身は、あたしが神であり、信仰であるのかもしれない。

 

いや、実家は、なにやら仏教の何とか宗とかだったと思う。(なんだっけ…ほんと記憶にないくらい)
でもま、関係ないのです。
だってね、なんだろ、自分に都合のいいときだけ、何やらどこの誰ともわからない神様仏様なんてお願いしてもかなわないし、粗末に扱ったらバチが当たるよなんて言われると、なんてわがままな!!!何もしてくれんくせに!!!と思うわけですよ。(神社とか特に思う!)
結局のところ、いざという時になんとかなるのは自分の努力だったり、自分のしてきたことの結果だし、すべてが自分次第の未来であり、現実であると実感してるから。
だから、しいてあなたにとっての神は?と聞かれたら、あたしは「あたし自身」としか答えようがない。
死んだ後の、お経やら、アーメンなんてお言葉は、残された人たちへの優しさだったり、安心感、コレで大丈夫なんていう、ある種自分勝手な都合のいい慰めだと思うわけ。
でもまあ、それはそれでいい。
だってそれで残された人たちが、ホッとしたり、安心したり、救われるわけだから。それならばどんどんよろしく!って感じ。
もしも、あたしの本当の気持ちとして残すのならば、あたしは、キチンと地球の食物連鎖の流れの中の一部でいたい。
死んだらちゃんと微生物に分解され、その後その微生物で活かされる昆虫の糧になり、その昆虫を食べて生きる鳥などに食べられ、その鳥を食べて生きる命に活かされる。
ぐるぐるぐるぐる周って、地球の何処かでずっと、何かしらとしていたいな〜。
そしたらきっと、死んだことにも意味があると思えるから。
火葬して、ツボの中に入れとくだけなんて、結局何にもなんない。
灰になったら、せめて栄養分として、花の栄養素になりたい。
それからその実を食べる動物の肉になりたい。
動物の肉を食べて生きる人間の栄養になりたい。
そして朽ち果てて、土を肥やす灰でありたい。
…おや。
そう考えると、われら人間は、周り巡るその循環をわざと断ち切っている、おかしな動物かもしれない。
もっと、死んでからも活かされるはずなのに…
残されたもののエゴが強すぎて、次には繋げさせず、そこで完結させる。
今の時点て遺言をと言われたら一つ、コレをお願いするかも。
畑でも、海でも、どこでもいい。
食物連鎖の輪の中に、入れてもらえないかしらと。
今回のお題に特に意味はなく、やたら最近宗教の勧誘訪問が多かったりとあるもんですので、わが考えを書いてみただけ。
…ちゅーか勧誘って時点で意味がわからん…。
いいんです。
世の中、色んな人たちいますし、いろんな考えあるのが当たり前。
それは自由でいいと思う。
でも、押し付けるは…ただたんに…営業やんけと思うのですよ…。
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出産メモリー<6>

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カヨコが産み落とす次女編<3>

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つづきです。

だいぶ時間立ってしまったけれどw(いろいろと忙しくすんまへん)

 

そんなこんなであっという間に生まれた次女。

生まれる時にお約束してたことがあってね。

当時のダンナと。

 

おとのこの子だったら(望み薄いけど)まあ、あたしが名前つける。

女の子だったら(すでにダンナが決めてたので)名前にちなんだ花を持ってきて。

 

長女も音だけ聞くと花が入ってる。

次女も狙ったわけではないけれと、名前に花の音が入ってたのです。

 

ということで、お見舞いと同時にやってきました。

カスミ草。

 

生まれてすぐに見た花は、カスミ草だったかな。

 

まあ、しかしこの子、乳を飲まない…というか食が細い!!!

入院中の半分以上は、糖水をもくもく飲んでた…。

カブトムシか!?おのれは!!!と突っ込みたくなるくらい(笑)

 

そして退院してからも、まあ、食が細いこと。

乳足りてるのかしらと疑うほど少量で、(飲んでくれないので)おかげで母乳は3ヶ月ほどでストップ。

ミルクに切り替えても、これで生きていけるのかしら…と思うほどの量で日々生きてましたね。

 

赤ちゃんってぷっくりなイメージだけど、次女はほっそい赤子でした。

 

ちなみに、たった30分でも、やはりあたしの出産の痛みのイメージは「痔」。

半年ほどの苦しみは、長女ほどではないけれど後を引きましたね。

 

で、次女が一番長女と違ったのは、泣かない点…。

とにかく泣かない。おとなしい。

 

長女で楽をしたので(夜泣きもなかったから)覚悟してたのに、まったくなし。

ぐっすり眠らせてくれるわ、なんだか拍子抜けだわ…。

 

幼いころから、なにげにクールなやつだった。

 

ただ、2ヶ月を過ぎた頃、ある日あたしは気付いちゃったんです。

右と左の足のサイズが違い、なおかつシワの数が違うことに。。。。

 

これは!?もしや!?

 

病院に連れていったら診断されました。

「先天性股関節脱臼」

 

この日から、リーメンビューゲルというベルトみたいなのを常に装着し、ロボットみたいに可動域が制限される赤子生活。

別に、早めにわかれば、日常生活に支障はないそうで。

スポーツ選手とかだと支障はあるかもとは言われましたが。

結局小学生なってからはダンスもしてたし、特に支障を感じたことはなかったかな。

定期的な検診は2,3才まで続いたけれど。

 

ちゃんと見て、ちゃんと気付いてあげれば、何かあってもなんとかなると思った。

 

あー、ちなみに、赤子の頃から便秘症で、あまりにも出ないので、病院に連れてったら、ケツの穴が小さいと言われ、2週間ばかり、あたし、クリームを付けた小指で、ぐりぐりとケツの穴を広げるという処置をしてましたね…。

(お医者さんの指示だったけど、これ、ホントに正しかったのか…今でも疑問)

 

こんな出産話☆

同じ人間から生まれて来たのに、長女も次女も全く違う。

てか、お産はホントにそれぞれで、一人一人のドラマがあるんだと思う。

 

あたしは、たまたま二人とも、陣痛が来なかったから、入院してからの出産だったけど、大概の人は陣痛来てからの入院だったりするだろうし、赤子の個性も様々だろうし。

 

なんにしても、きっと選ばれてるのはこっち(親)の方だと思う。

選ばれたからには、期待に応えられる人間でありたいと思うばかりです。

 

カヨコの出産メモリーはこれで完☆

 

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出産メモリー<5>

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カヨコが産み落とす次女編<2>

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つづきです。

 

さて、入院して何やらデジャヴな流れ。

まあ、1年ちょっと前ですからね。前の出産、入院って。

 

再び、看護学生さんも研修中でお世話してくれ、早速な処置は、「フウセン」バルーン投入!

 

2度めですから、あ、またアレ入れられるんだって感じで。

ただ、フウセン産むのは早かった!!

入れて数時間後にはトイレでブザーを押して、

「フウセン、産みました〜〜」

って言いました。

 

しかし!!!!

陣痛が来ない…。

そう、どういうことか、うんともすんとも言わない。

張りとかもなく、来ない。静けさがおそろしいくらいになんともないのです。

 

どういうこっちゃ!?

 

そして、やはり陣痛促進剤のお世話に。

曲がる針で点滴っすね〜。OK!どんとこーい!!!

 

かわるがわるにやって来る看護師さん、お医者さん。

「陣痛どうですか?来ました?」

「ぜんぜんきませ〜ん」

このやり取りだけ。

 

むむむぅ。

 

で、すっかりあたしは油断しきってました。

だってねえ、痛くないんだもん。ケロッとして普段通り。

 

「お薬ちょっと強めますね」と点滴をいじられてしばらくすると、ホント突然、

 

パン!!!

 

と音がした。自分の体内から。

 

瞬間、「あ!破水した!!われた〜!!!」と思いました。

陣痛はきてないけども…。

ひとまず急いで呼び出しブザーを押して

「破水した…と思います!」

と連絡しました。

「すぐ行きます」

とお医者さんたちも来てくれて、子宮口が開いているか調べられ、そして突如やってきた陣痛(いきなり強)の波!!!!

叫んでたような気がする…。

 

ほんと嵐の前の静けさだったのか。直前までケロッとしてたのが、破水をキッカケに突如強烈な陣痛の波。

しかも、あるはずの途中休憩も短い!!!!

ええええええ!?なんで〜〜〜!?

 

そしてすぐに分娩室へ。

 

慌ただしかった。

お医者さんも、看護婦さんも同じく。

お医者さん「薬、とめてないの!?とめてあげなさい」

看護師さん「ああ!はい!!」

 

もうね。

長女の時にゆっくりだった浣腸するヒマもなければ、次女も立ち会うって言ってたダンナにも連絡するヒマもなし。

 

いきなりやってきた出産の波に、ただ戦うのみ。

 

そして結局、破水から陣痛が始まり、約30分後…。

「おぎゃ〜〜〜」と次女の産声。

 

…ん!?早っ!!!!!

 

本当にあっという間に産んだという感覚。

苦しんだ時間、30分。

 

長女と違うのは、ちゃんとジワジワと自力で産み出した感覚があったかな。

ポンっとは出てこなかったd(^^)

 

産み終えた時、お医者さんが時計を見て、

「あ〜〜〜〜。うーん。おしいね。あと1分早かったらねぇ」

と言った。

 

ナンノコッチャ?

こちとら、一仕事終え、ふううううと泣き声にひたっていた所。

 

冗談交じりに

「生まれて早々、親不孝しちゃったね〜。あと1分!」

「え…1分で何かあるんですか?」と聞いてみた。

 

「ん!時間外料金がつく」

 

どうやら、ジャスト5時に生まれたっぽい。

時間外料金が発生する瀬戸際で超えたコ。

 

「ちなみにおいくらくらい〜?」

と聞いたあたし。

「ま、5000円くらいかな」と。

 

おおお!1分で5000円!すごいセレブな感じだ。

いつか1分で5000円稼いでくれれば問題なし!

 

なぜか生まれた時にこんな会話がかわされたのでした。

 

つづく。

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