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Language

久しぶりだな〜。

こっちに書くの。
ま、今回もいつものごとくわが考えのただの垂れ流しブログ投稿なんだけども。。。
そんでもって前回の(ずいぶん前だけども)投稿も言葉…かぁ(´ε` )しみじみ…
そう言葉…。今回はまあ、どっちかゆうと「言語」って意味だけど。
あたしはさ〜、自分が自分の口で音に出して人前で言ってしまったことは、すごく自分の中の決心の言葉として大事なこととして捉えてる。
全く嘘つかない〜なんでウソはつかんけど、、、(どんな理由であれ結果ウソつきってことになっちゃったなんてことは0じゃないから)
でも、自分の意思としては、ウソはつかないようにしている。
つーか気持ち悪いし。。。ウソゆったとこで何のメリットにもならないということがあたしの中で答えが出てるから。
だからこうして書くってことはあたしの決断。
数日前…もうすぐ1週間くらいになるか。。。
決心しました。
英語で自分の気持ち伝えられるようになるぞと。
だから日々、ひっそりと孤独に英語と向き合ってます。でも楽しんでる♪
我ながら見事なまでの独学!!!!
これから先の未来を想像すると…、そう遠くない未来には、絶対2、3人に1人は海外から来た方になる。
特にここ、佐賀は全国でも早いじゃろう…人少ないからこそ…。
そう考えて、そこにいる自分を想像した。
言葉が通じないだけで、せっかくの新たなる「人」と出会えて刺激を受ける事が出来る環境になるのに、喋れないことで諦めて、今までのコミュニティ維持しただけの世界の中にいるのか?と。
そったら「やだな〜〜〜。そんなもったいないこと…やだな〜」と思ったわけですよ。
というわけで、あたし今、英語という新たな言語を使って、これから先、周りに絶対に増えるであろう海外から来た方々とのコミュニケーションを取りたいと思ってるわけです。
昔から、一応出来たらいいんだろ〜なくらいは思ってはいたけども、生活の中で必要性感じなかったのと、だからこそ本気で欲しいと思ってこなかった能力。
でも、最終的に背中押ししてくれたのは、最近撮影に関わったフィリピン映画への出演だったのかも。
一応予習して、フィリピンって母国語なんだろうって調べて、タガログ語なんだ〜ってわかった。
ちなみに「kayo」ってタガログ語あった。。
頻繁に使われててなんだろうってしらべたら英語での「you」みたいな意味☆
でも来てたチームの人々は、ほぼ英語!!!
フィリピンでは、英語は標準装備なんだなと実感。
あたしは、ほぼ記憶の彼方に飛ばしていた中学以下レベルのカタコトの英語で現場におよそ4日間。
皆本当にいい人だし、明るいし、楽しいし。。。
もっともっときちんと具体的に自分の口で、自分の気持ち伝えることが出来たらって本当に思った。
根本の気持ちは、伝わる。シンプルなカタコトの言葉でも。
聞きたいこともなんとなく単語を羅列させればなんとか。
最終的には翻訳機能のアプリ使用。
でも、本当はこんな事伝えたいのにって思ってても、正しく伝わらないもやもやっとした感じがすごく残ってる。
英語ってそもそも、あたしの中では一度ポイって捨てたものだった。。。
中学の時は楽しくて、面白くて、好きだった。そうね…わりかし英語の成績も学年で1,2位を争う感じで良かったかも。
まあ、、、田舎の少人数の学校内ではあるけども。
海外の同じくらいの年齢のペンフレンドもいて、英語で手紙のやり取りもしてた。
エアメール。たしかカナダの子だったかな〜。キャシーとかそんな愛称で呼んでた、たぶん。
でも、高校入ってひっくり返った。
どんどん英語が嫌いになった。
文法だの、過去進行形だの助動詞だのワケくちゃわからなくなり、これは国語なのかね!?と思うほど、構造ばかりの小難しい授業内容で、こんなん意味あるのかという疑問に打ち勝つ必要性を感じられず、いらん!!!こんなんやくたたんわ絶対!と捨てた。
仕方ないか…当時は受験のための「英語」という科目だったのだから。
きっと今思えば、ALTの先生や外国から来た方とのコミュニケーションを取るための手段の一つと捉えられれば楽しさを感じられたんだなと思う。
でもま、当時は周りにそんなに外国からの方はいなくて、これ、どこで使うの?ここ日本じゃんと思ってた。
あれから30年くらいたった今、必要性を感じる環境に向かってると実感。
そして、なおかつあたし自身がその力を欲してる。
おもしろいもので、やり始めたら思い出してもきたよ、少しずつ。
捨てたはずのいろんなことが蘇って、すんなりと自分に入ってくる。
筆記より日常会話が出来ることを優先でやってるけど、脳の使い方とか、発音の分析とか、芝居でやってきたことがすごく役立ってる。
「今」だったんだなとシミジミ…。
きっとあたしにとってのタイミング。
映画の、あたしの出演シーンが終わったときに、たくさんのスタッフの方が、あたしとFacebookで繋がってくれた。
1年後にはこの人達と、メッセンジャーとか使って、つたないながらも近況を話したり聞いたり出来るようになるぞと思ってます。
翻訳機は、結構へっぽこ。。。
ニュアンスぜんぜんちがうじゃ〜〜ん!!!とそのへんを一番重視しながら日々向き合ってます。
英語に向き合うことで、改めて日本と向き合えてる。
文化、考え方、捉え方。。。。でも「人」だということは変わらない。
あ。映画は9月くらいにフィリピンで公開☆らしいです。
規模が正直ピンと来てなかったけども、、、日本と比較すると、全国公開レベル!!!でした(^^;
自分が思ってたより…おおごとのような…気も…。
「‪betweenmaybes‬」
このタイトルの意味も、日本語ではなかなか訳せないよね…。
直訳すると…たぶんの狭間?
もやもやっとした感覚を行ったり来たり???って意味あいだとは思うけども、、、いい日本語が見当たらない…。
今のあたしが日本語訳でタイトルつけると…
「いつかきっと…」
的なニュアンスの作品なのかなと思ってます。
捉え方間違ってるかもって思ってしまって、、、自信はないけど。
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言葉

何が正しいのかよくわからない。

何が正解なのか誰も知らない。

そう思う。

 

何を基準に考えての応えを出せばいいのか。

 

人生40年オーバー…いっても正しい基準はコレって言えない。

 

自分の目が一番の基準ではあるけれど、それが正しいかどうかのものさしはない。

 

矛盾だらけの世界で矛盾だらけのルールに従って、矛盾だらけの応えに日々格闘する。

 

正直者が馬鹿をみる…なるほどと思う実感するけども、嘘はやだな〜と思うし、嘘ついてまでやりたいことではない。

 

何かをやりたいって目的のある人って羨ましいなと思う。

そこにちゃんとした自分の意思があるから。

だからってあたしのように何かやりたいって意思がないのも否定しない。

でもね、明確な意思はないけれど、何かを求めている。

何かは明確ではないけれども。

 

言葉にできない何かは伝えることが難しいだけで、きっと「何か」なんでしょう。。

 

ん?つーことは、言葉の限界をこえちゃってる「何か」ってことでいいんでないか!?

明確に今ある「言葉」という手段で伝えることが出来ないだけで、「何か」は無いのではなくて表現できないだけではないのか?

 

そんなことを考える四十すぎのワタシ…。

 

言葉の限界。

言葉を超えるソレをどう表現すれば、他者と共有できるのか。。。

 

共有したいからその手段として「言葉」があるはずなのに、言葉ってなんて薄いのかしらねー。

 

完璧じゃないな。

 

言葉なんて一種の手段であって本質ではない。

 

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つれづれ

15を過ぎた頃、あたしは芝居と出会った。

それから早、まるっと、ん〜〜〜、…28年くらい???になるのかな?
ともかく30年近く芝居ってものに向き合い、役者って…どうあるべきかとか自分の存在ってなんやとか、とにかく色々考え続け、そしていまだに新発見の連続である。
昨日も実感!!!!
30年弱…も経ってるのに!振り返ればなんて長い時間。
ま、新発見って言っても、見てはいたのに、どうなのかいうことを人に説明できるほど分析できていなかったというか。。。
日々成長!いまだに感じる。
本当にゴールってないよね。て思う日々。
世界や、自分の知らないことって、宇宙のように、ホント未知数なのに、なんで満足できたり、せまい範囲で自分が望むように思われてればそれでいいと思えるのか理解ができない。
死ぬまで、未体験の事は山ほどあって、それを体験できる機会を楽しみたいし、知らなかったことが、たまたま知る機会があれば、それを楽しみたいし…。
一生って短い。。。。
興味ないことはとことん興味ないけども、キッカケがあって、可能性を見いだせる何らかのパワーを感じたら、それをめいっぱい楽しみたい!!!
んー。。今の若者…現在のAIくらいの理解能力か…
悲しいね〜。
本来の人間の能力、使いこなせずに。
これこそほんとの「宝の持ち腐れ」
本来の能力の数%しか使ってないって定説だけで、あたしは自分が人間であるってことだけで、まだまだ可能性あるのかもって本気で思ってたし、まだ伸ばすことができるかもって可能性捨ててないけどなー。。。
単純なのか、ただの仮説におどらされてるだけなのかわかんないけどもね。
勝負事の統計的な計算処理能力、そのスピードではAIには負ける自信あるけど、本当の意図、隠された心情、感情、計算や統計では出せない複雑な心理、いつまでたってもAIには応え出せないと思うけどな、ほんとのところは。
それくらい人間の感情や心理って、複雑で深いし、フローチャートでも答え出せないはずだから。
状況、立場、相手に対する恩義、建前、営業、色んな想いが渦巻くのが人間であり、答えがありそうでなかったり、相手によって変わったり…それが面白いのに。。。
便利になりすぎるのも、よしあし。
本来の能力あるのに使わなくても良い環境が、使い方が分らなくてどうしていいかわからない人間を育ててしまう。
考えりゃいいのに…。
もしも、ネットがなくて、答えが分らない、でもどうにかしなきゃいけないとなったらどうする?って。
おお!サバイバル!!!!
今本当に必要なのは、サバイバルかも!!!
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本望?

このブログ、酔っぱったら書く…のかな。

いやあ、別にねえ。
あたし毒舌でもなんでもないつもり。
ただ自分に正直なだけ。
おもろくないものはおもろくないし。
下手だ!と思ったものは下手だと思ってるし、クソやと思ったらクソやと言ってるだけで。
そもそも正直に思ったことをただ口に出してるだけで。
そこにいつでも悪意はない。
悪意ってなんぞや?
思ってもいないことをテキトーに言うことのほうが悪意と思うのだけども。
テキトーってことは自分の言葉に何の責任ももたんぞと言うことであり、どうでもいいことのあかし。
そして、本気でどうでもいいて思ったら、話題にするのも時間のムダだと思う。
いいけど。
自分の目で見たものの判断が一番正しくて、間接的なものは自分の目が正しいかどうかが試されるだけ。
その人の目を通して見ることがどれほど自分判断とのズレがあるのか。
だからあたしは、あたし自身を知ってない人にどう思われてもかまわない。
お好きにどうぞ〜。
役者として舞台にたつのははおもしろい。
別に、初対面で、あたし自身を見てほしいわけじゃない。
「役」としてそこに存在し、感じてもらえれば本望だ。
うん、役者としては、究極の詐欺師でありたいな〜。
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中途半端なアングラはキライ

この世の中で、キライなものなーに?

て聞かれたら、まあ、とりあえずニンジンって答える。

 

そんでもって、長年、芝居に関わってきてるけど、とにかく中途半端なアングラが大嫌い。

アングラなよくわかんない話ってのの唯一は、良く分からないけど目が離せなかったという感想だけが賞賛。

コレが最高の賞賛であって、わけわからない上に、ちょっとでも眠くなるってのは、もう絶対的に意味が分らない。

 

わけわかんない中で、眠らずに目が離せなかったってのは、それって役者能力じゃね?と思うわけよ。

ま、好きじゃないけど。

あたしのような単純明快な人間は、ストーリーラインを単純に追いかけ、面白いか面白くないかを感覚で感じる。

でもま、芸術的感覚のある人間なんて超少ないと思うので、あたしのような感覚の人間が絶対的大人数だと思ってる。

深く考えず、あくまで娯楽という時間を過ごそうと思ってる人はそんなもんでない?

 

まあ、人には好みってのがあるから、そういったのが好きな人は好きでいいと思う。

 

でも、あたしはキライ。

そして、中途半端な(役者能力が低い)アングラほど見苦しいものはないとさえ思ってる。

だから押し付けるな。

それで観に行ったら、自費で観た分、正直な感想をぶちまける。

これまでの自分の目…養ってきた分、大分性能上がってる。(と自負している)

だってこれまで予想を裏切ることがない。

 

そら、本当は裏切ってくれた方が嬉しいけども、裏切ってくれない裏切りをこう何度も何度も経験すると、それはもう試す気にもなれない。

 

だから関わらない。

 

それが唯一あたしができるある意味の協力。

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むむっ

とうとつだけど、宗教について。

 

あたし自身は、あたしが神であり、信仰であるのかもしれない。

 

いや、実家は、なにやら仏教の何とか宗とかだったと思う。(なんだっけ…ほんと記憶にないくらい)
でもま、関係ないのです。
だってね、なんだろ、自分に都合のいいときだけ、何やらどこの誰ともわからない神様仏様なんてお願いしてもかなわないし、粗末に扱ったらバチが当たるよなんて言われると、なんてわがままな!!!何もしてくれんくせに!!!と思うわけですよ。(神社とか特に思う!)
結局のところ、いざという時になんとかなるのは自分の努力だったり、自分のしてきたことの結果だし、すべてが自分次第の未来であり、現実であると実感してるから。
だから、しいてあなたにとっての神は?と聞かれたら、あたしは「あたし自身」としか答えようがない。
死んだ後の、お経やら、アーメンなんてお言葉は、残された人たちへの優しさだったり、安心感、コレで大丈夫なんていう、ある種自分勝手な都合のいい慰めだと思うわけ。
でもまあ、それはそれでいい。
だってそれで残された人たちが、ホッとしたり、安心したり、救われるわけだから。それならばどんどんよろしく!って感じ。
もしも、あたしの本当の気持ちとして残すのならば、あたしは、キチンと地球の食物連鎖の流れの中の一部でいたい。
死んだらちゃんと微生物に分解され、その後その微生物で活かされる昆虫の糧になり、その昆虫を食べて生きる鳥などに食べられ、その鳥を食べて生きる命に活かされる。
ぐるぐるぐるぐる周って、地球の何処かでずっと、何かしらとしていたいな〜。
そしたらきっと、死んだことにも意味があると思えるから。
火葬して、ツボの中に入れとくだけなんて、結局何にもなんない。
灰になったら、せめて栄養分として、花の栄養素になりたい。
それからその実を食べる動物の肉になりたい。
動物の肉を食べて生きる人間の栄養になりたい。
そして朽ち果てて、土を肥やす灰でありたい。
…おや。
そう考えると、われら人間は、周り巡るその循環をわざと断ち切っている、おかしな動物かもしれない。
もっと、死んでからも活かされるはずなのに…
残されたもののエゴが強すぎて、次には繋げさせず、そこで完結させる。
今の時点て遺言をと言われたら一つ、コレをお願いするかも。
畑でも、海でも、どこでもいい。
食物連鎖の輪の中に、入れてもらえないかしらと。
今回のお題に特に意味はなく、やたら最近宗教の勧誘訪問が多かったりとあるもんですので、わが考えを書いてみただけ。
…ちゅーか勧誘って時点で意味がわからん…。
いいんです。
世の中、色んな人たちいますし、いろんな考えあるのが当たり前。
それは自由でいいと思う。
でも、押し付けるは…ただたんに…営業やんけと思うのですよ…。
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ログインするのに悪戦苦闘した

こちらはおひさ〜。

久しぶりだけどブチブチいいま〜す。

でも本名で書きます。

匿名でブチブチ言うのは、戦略以外はただの卑怯ですから。

 

正義は勝つ!なんてなくなってしまったのでしょうか…。

正論よりも権力が勝つ世の中、なのでしょうかね。

 

あたしは表に出て来る情報が、絶対に正しいなんてさらさら思ってません。

自分の目で見て感じたものが一番の真実で全てです。

 

叩けばホコリの出て来る人は山ほどいるけど、叩いてもホコリの出ない人にホコリを作ることができる世の中。

そしてそれを情報だけで、「そーですね」と簡単に言える無責任な発言をできる人々が多い。

 

嘆かわし…。

 

全てはたしかにメリットがあるかないか。

でもねー。お金じゃない、お金で買えないメリットって、スゴク長く息づく大切なものだと思うのです。

 

お金で買えないメリット。楽しいと思う感情、その人の刺激によって気付く自分の能力、間接的に自分の未来に続く何らかのもの。

 

ま、あたしも結局は自分のために生きてはいますけども。

でも、だからこそ「目」だけは養いたい。

判断基準である「目」は重要。自分の「目」が全て。

 

 

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とりゃああ
解除だ解除!!!

すべて連携なんてしねーぞもう!
別に何かあったわけでわないけども。めんどくさいなと。
だってねー、あっちではこれ、こっちではこれと色々あるわけで。
ま、しょうがないか。
別に知られてまずいことはないけども。説明するのもめんどうだ。

ということですべてかいじょしたつもりだけど、一応不安なので試してみる。

知りたい奴だけ知ればいい。

試してみて全てが解除されたらとっても楽ちんとおもえるんだろうなー。
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てやんでー
なんでっしゃろー。
よなかの酔っぱらいのタワゴトよ〜。
気にするなー。


あたしは今までやってきた事にに後悔はなく、その時ベストと思える選択をしてきたから別にいいのだけども。。。。
何年たっても、自分で分からない賭け事は止まらない。
吉と出るか、凶とでるか…。

ま、でもしゃーない。
こんなことやってる限り、わかんないのよ。
本番までは。


ただブレずに自分を貫くのみ。


わかんなーい。どおなるのー。
でも見てみたい。どうなるのか。
思わぬ期待と裏切りが隣り合わせのギリギリ感。

自分の鼻が正しいのかどうか未だにわからないのですよ。
確信は持てない。でも可能性は感じる…。

ひゃああああああああ。

むむう。
コワイ…。いくの?いかないの?

いったら面白い。
でも確信は持てない。

そんな日々。

人生のギャンブラーだなあ。
ま、確信が持てるものほど面白くないものはないし。
確信が持てないからこそ面白いものであり。

なんて矛盾と面倒くさい性分を持ち合わせた自分…と、その性格と呪いながら。

それこそが生きてる楽しみの醍醐味なんて思ってるのが口惜しい。

ああああ。
めんどくせーな、自分…。


寝ちまおう。
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真夜中のタワゴト〜怨ニンジン〜
むむむーん。
呑んでます。だってねえ、いつもと変わらない日々にかんぱーい♪だから。

明日は忘年会。
一人一品なので、今夜はゴボウ煮つくりました。
自分で言うのも何だけど。絶品☆おいしーい♪
こだわりは泥ゴボウ!!!!!!
ゴボウはやっぱり泥付きに限ります。

でもあたし、昔、給食のゴボウは大嫌いだった。。。。
でも、家で作ったゴボウ料理はうまい!と思った。

給食のせいで嫌いなものいっぱいあったな〜。
グリンピース、ゴボウ、人参、ピーマンとか。(うわベタベタに子供の嫌いな物ベストにはいってるね)
でも、素材の味的に劇的に嫌いなのは人参だけなんだと気がついたのは大人になってから。
給食って不味かったんだなと思ったもんね。大人になって。
一応、人参も試してみたのよ、美味しく食べれるかどうか。
でもダメだった。素材の匂いと味がそもそも受け付けないらしい。
他のはイケた。
グリーンピースは缶詰じゃなければ美味しいと思えたしグリーンピースのスープは絶品だったし、ゴボウは泥付きのやつで料理したオカンの腕に感謝、ピーマンは生で食った時の旨さはたまらなかった。

だから天敵は人参!!!
どんなして食っても不味かった。吐き気がした。
しいていえば野菜ジュースにこっそり入ってるニンジンはOKかな。

あんなん人間の食べるもんじゃねええ。

つことで今でもダメです。人参だけは。。。。
この世から無くなってしまっても大丈夫だと思ってます。
滅!!!ニンジン!!!!!!
なくなってしまえーーーーーー!

彩りというのであれば、キミの代わりはパプリカ、カマボコでイケます!!!(もしくはカニカマ)
サヨウナラ、ニンジン。ちんでください。
甘みはイモでOKなのです。イモ大好き♪


と、いうことで明日の忘年会、ニンジンいたらあたしは蹴散らします。

 
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