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むむっ

とうとつだけど、宗教について。

 

あたし自身は、あたしが神であり、信仰であるのかもしれない。

 

いや、実家は、なにやら仏教の何とか宗とかだったと思う。(なんだっけ…ほんと記憶にないくらい)
でもま、関係ないのです。
だってね、なんだろ、自分に都合のいいときだけ、何やらどこの誰ともわからない神様仏様なんてお願いしてもかなわないし、粗末に扱ったらバチが当たるよなんて言われると、なんてわがままな!!!何もしてくれんくせに!!!と思うわけですよ。(神社とか特に思う!)
結局のところ、いざという時になんとかなるのは自分の努力だったり、自分のしてきたことの結果だし、すべてが自分次第の未来であり、現実であると実感してるから。
だから、しいてあなたにとっての神は?と聞かれたら、あたしは「あたし自身」としか答えようがない。
死んだ後の、お経やら、アーメンなんてお言葉は、残された人たちへの優しさだったり、安心感、コレで大丈夫なんていう、ある種自分勝手な都合のいい慰めだと思うわけ。
でもまあ、それはそれでいい。
だってそれで残された人たちが、ホッとしたり、安心したり、救われるわけだから。それならばどんどんよろしく!って感じ。
もしも、あたしの本当の気持ちとして残すのならば、あたしは、キチンと地球の食物連鎖の流れの中の一部でいたい。
死んだらちゃんと微生物に分解され、その後その微生物で活かされる昆虫の糧になり、その昆虫を食べて生きる鳥などに食べられ、その鳥を食べて生きる命に活かされる。
ぐるぐるぐるぐる周って、地球の何処かでずっと、何かしらとしていたいな〜。
そしたらきっと、死んだことにも意味があると思えるから。
火葬して、ツボの中に入れとくだけなんて、結局何にもなんない。
灰になったら、せめて栄養分として、花の栄養素になりたい。
それからその実を食べる動物の肉になりたい。
動物の肉を食べて生きる人間の栄養になりたい。
そして朽ち果てて、土を肥やす灰でありたい。
…おや。
そう考えると、われら人間は、周り巡るその循環をわざと断ち切っている、おかしな動物かもしれない。
もっと、死んでからも活かされるはずなのに…
残されたもののエゴが強すぎて、次には繋げさせず、そこで完結させる。
今の時点て遺言をと言われたら一つ、コレをお願いするかも。
畑でも、海でも、どこでもいい。
食物連鎖の輪の中に、入れてもらえないかしらと。
今回のお題に特に意味はなく、やたら最近宗教の勧誘訪問が多かったりとあるもんですので、わが考えを書いてみただけ。
…ちゅーか勧誘って時点で意味がわからん…。
いいんです。
世の中、色んな人たちいますし、いろんな考えあるのが当たり前。
それは自由でいいと思う。
でも、押し付けるは…ただたんに…営業やんけと思うのですよ…。
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