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たった1つの願い

<カヨコの出産メモリー番外編>

 

最近は、いきすぎる親の過保護、教育に熱心になりすぎてモンペアなんて呼ばれたり、就職後の会社にまでも親が介入、何かが間違って親子仲に確執が生まれたりと…。

世の中悲しい事件や、関係性の歪みなんかを多く感じる。

 

何かできる力があるわけじゃないけど、あたしが気軽にこうやって残してる文章とかが、これから子供を産んで育てたりと未来を担う次世代を育てようとしている人たちに、なんらかの1事例として参考にしてもらえればいいなと思う。

 

さて、うちのムスメ達、もう二人とも成人を過ぎ、それぞれの人生を育んでいるわけですが、まあ、親の目からだけど、贔屓目なしにみても、優秀!だと思う(笑)

まあ、もちろんまだまだ、あたしもそうだけど、人間として成長していく余白はたっぷりあると思うのだけど、それはさておいて。

 

それぞれの考えをきちんと持って、それぞれ自分で判断し、決断して行動をし、今を生きている。

 

誇りに思う!いいぞ!何もしてないのになぜかあたしの評価も上がってるし!!(笑)

ぎょふのり?っぽいけど結果おーらい!!

 

どうやったらこういう子に育つの?とか、子育て相談したかったとか…今までいろんな人に言われたんだけど、大してスゴイことしたわけじゃない。

でも、じゃあ、根本はなんだろうと考えて見たら、実は去年くらいに出た答えがある。

 

「たった1つの願い」

 

これだけ聞くとなんじゃそら?と思うかもしれない。

 

昔読んだ絵本「アラジンの魔法のランプ」では、3つの願いを叶えてくれるランプの妖精が出てきた。

もしも本当に願いが叶うなら何を願うだろうと、本気で悩んだカワイイ時代もあった。

 

それが、長女を出産して間もなくのこと、ある人からこんな話を聞いたのだ。

 

「子供が言葉を喋りだす前に、1つだけの願いをずっと言い続ければ、本当に叶うらしいよ。

寝た後とか、暇を見つけて気付いた時に呪文のように言っていれば、暗示の力で本当に叶うんだって。」

 

ただし、条件があって、

1、絶対に1つだけ

2、主観の願いであること。

(主観的な願いは「あなたは動物が好き」とか「勉強が好き」とかで、客観的な願いである「健康でいて欲しい」とか「お医者さんになってお金持ちになって欲しい」とかはNG)

3、喋りだしたらもうしなくても大丈夫

 

この頃、武井壮さんが医者にも見放された怪我で動けなくなった自分の身体を、イメージと暗示で動けるまでに治したということもあり、その話も聞き、なんだかその話に説得力もあるように思え、信じてやってみようと思いました。

暗示力ってスゴイのかもしれないって本気で思ったんです。

 

それから数日、考えましたね〜。

本当にもしも願いが叶うなら。たった1つの願い事。

しかも条件的に、主観的な願い。

 

ぐるぐる考えました。

「健康でいて欲しい」…という願いがある場合…じゃあ主観に置き換えると、健康でいるには何を好きであれば健康なのか…「何でも食べるのが好き」?そんな主観?いやでも、何でも食べるから健康とは限らないし…。

「お金に困ってほしくない」…という願いの場合は、、、主観だと何だ?お金を稼げる…?勉強が好きになればいいのか?いや、でも勉強好きでも金に困らないわけじゃない…。

 

難しかったです。

願いというものはどうしても、客観的で、しかも人間は欲深く、たくさんの願いがある中から、たった1つを決めなきゃいけないということまで制限されてましたから。

 

願いは尽きず、本当に何日もいっぱい考えました。

「健康でいて欲しい」「いじめられないで欲しい」「いじめっ子にはなってほしくない」「真っ直ぐな人間になって欲しい」「頭はいい方がいい」「怪我しないで欲しい」「生活に困らないで欲しい」「愛されるような人間でいて欲しい」「人を助けられるような人間になって欲しい」…本当に次から次へと。

 

たぶん、今モンペアと呼ばれている世の親御さんや過保護すぎる方達も、決して悪気があるわけではなく、そんな思いからお子さんや、周囲への対応がちょっと過激になってしまってるだけで、本質にはこういう願いがあるんだとは思います。

 

あたしは悩んで悩んで、何度も願いを比較して、結局出た、どうしても外せない、たった1つの願いはこれでした。

 

「生きていればそれでいい」

 

意外とシンプルなのが残りました。

そして、んじゃあ、願いは…どうしよってなるわけです。

 

どう主観で頑張っても天命はどうにも出来ないし、事故の回避とかそんなこともどうにも出来ないし…。

事件に巻きこまれるなんてもってのほか。コワイ…。むむむ。

 

で、またいろいろ考え出すわけです。

生きてて笑っててくれたらいいな〜くらいのシンプルな願い。

でも、じゃあ、どういう人間だったら、いいんだろうって。

周りにたくさん助けてくれる人がいて、一人ぼっちじゃなくて、幸せだったらいいのかな。

じゃあ、どういう人間であれば、人は手を差し伸べてくれるだろう…一人ぼっちにならないだろう…。

 

また数日グルグルと考えました。

 

で、答え、出しました。

あたしがそれから長女が喋りだすまでの間、ずっと呪文のように寝かしつける時、ミルク飲んでる時に、ブツブツ呟いていた呪文。

「◯◯ちゃんはね、皆が大好きだよ〜。まわりにいる皆が好き〜」

 

自分が嫌いだと思ってる人には絶対に好かれない。

だからとにかく好きだったら人は好意をもって接してくれる。

 

まあ、ちょっと途中で、見る目を養う事を教えないと、結構紙一重だな…世の中、理解しがたい人もいるのも事実!とも考えてましたが。

 

暗示実験、だったので、実は次女には何もしてません☆

だってねえ、比較対象がないと、実験にはならないしd(^^)

 

長女、次女、この差があるかどうかは、まあ、現実に2人を知る人間が判断してくれるでしょう☆

 

でも、実はわかったんです。

本当に、去年。

ああ、この暗示って、実はあたし自身にもかけてたことなんだって。

 

たった1つの願いがはっきりすると、別に例え勉強しなくてもギャンギャン言わないし、本当に本音で、その勉強、なんの役に立つん?とか平気で言える。

宿題とかあっても、それをやらないことで死ぬこたないから、あたしは困らないよって言ってた。

本当にやりたくないならやらなくていいとさえ言ってた。(ただ、どうも本人が、それじゃあ自分が困ると判断してやってたっぽいけどw)

忘れ物しても、あたしは困らない。困るのはだーれ?

試験でいい点とれんでもあたしは全然平気(本気)。(でも二人ともむっちゃ上位の成績やった)

 

うーん、なんでしょ?

自分の意思って自分で作ってくものなんだなって思う。

結構、人間ってすごい能力、誰もが持ってるんだから。

言葉で言うのは簡単で、行動するのは難しいかもしれないけど、その能力、信じればいいだけなんじゃない?

 

危ないことに巻き込まれたり、本当に精神的にダメージを受けてる時には、そこから助けるアシストはもちろんするけれど、命に関わることって、そうそうないから…。

ただ、何か本当に助けが必要な時は、世界中の全てが敵になったとしても、最後まで、あたしだけは味方だよということだけは絶対である。

 

なんだかまとまってるのかまとまってないのかよくわからん文章になってしまったけど、時間を短縮して文章にするのはむずかしいのだ〜。

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