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出産メモリー<4>

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カヨコが産み落とす次女編<1>

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思い起こせば、仕込んだ日から覚えてる。

…というのも、長女がまだ6ヶ月なるかならないかで子育て真っ最中な時、そして増えた体重がなかなか戻らずプチダイエットを進行中だった頃、ムショウに年子でもう一人子供が欲しいと思った日があるのです。

 

子供は一人だけかとかなんとか、別に決めてたわけでもなし、何年後に欲しいなんて明確な家族計画があったわけでもなし、ただ、10年先、20年先という、当時からすると、すごく先の未来を想像して、年子がいい!とモーレツな思いに取り憑かれたある日。

 

たった1日。チャレンジさせて!!!とお願いした。

当時のダンナはとくに年子だのなんだのーとかいうよりも、まだ長女ちっちゃいしー、みたいな考えだったと思う。

 

出来なかったらそれは運命。

 

別に基礎体温とか計ってたわけでもなく、ホント、なぜだかムショウに欲しい!と思った日だったのです。

 

結果、デキた。オメデトウ!!!

 

今思えば、ほんとすごい奇跡だよね。

この時、あたしが思ったこの「時」がなければ、今の次女はいないのだから…。

 

欲しいと思ってもなかなか出来なかったり、欲しいと思ってたわけではないのに、出来てしまったり。

世の中には、思い通りにならないのが常なのに。

不思議な運命だと思う。


当時のダンナは「俺って100発100中!?スゴクね?」なんていきまいてましたケド、…うーんどうでしょ。

あたしのおかげじゃない?とか反発して思ったけど、、、、。

 

結局は、きっと親を選んでやってくるのは、お腹のコたちであり…。

 

授かるべくして授かった命なのでしょう。。。

 

長女の時は、ツワリの時期、桃缶が食べたくて毎日取り憑かれてた。

次女の時はなぜかトウモロコシ。

時期外れなトウモロコシだったので、よく、真空パックのやつとか食べてたなぁ…。

 

醤油の匂いがダメになるのは同じで、お吸い物とかに入ってる醤油系を感じただけでオエオエしてたな。

とにかく吐きまくる。お腹の中は常に空っぽなんじゃないかと思うくらい、食べたら吐く。

吐くものなくても匂いで吐く(胃液しか出ない)の繰り返し。

長女のための離乳食、作らないわけにはいかなくて、作って吐く。

そんな状態。

 

ま、そんな時期も2、3ヶ月もしたら自然と落ち着いたけど、妊婦なのにツワリ時期で、体重がどんどん減っていた。

体重が産前に戻る前に妊娠したから、まあ、OK!

栄養は行き届いているはず。

 

ムスメ2人とも、実は産婦人科に行った時にもらった、お腹の中のエコー写真があります。

今では4DエコーとかなんとかDVDで動いてるのが記録されたりとあるらしいけれど(技術の進歩はスゴイね)でも、当時は感熱紙のみ。

母子手帳の中に、一応、大事にとっているけれど、今やただの白いレシート紙デス(^^;;

 

そんなこんなで次女をお腹に、出産に向けて日々は流れていきます。

 

言葉を少しずつ喋り出し、歩き出す長女と、どんどんどんどん大きくなくお腹の中の次女。

 

男の子か女の子かと聞くことは両方しませんでした。

でも、結局はエコー画像で推理できちゃうんですなー。(確定はしないんだけど。聞かないとお医者さんは秘密にしてくれたので)

あ。。。葉っぱっぽいのが見えた。女の子かな、って。

その頃はやはり、妊婦雑誌や、子育て雑誌なんかでいろいろ情報を得ることが出来てたから。

 

準備してた子供服は黄色が多かった。

理由は、男の子でも女の子でもどっちでもいいようにって理由。

長女産んでから1年ちょいで生まれてくるので、ちょうど、そのままスライドして使えるっていうのも年子の利点d(^^)

 

子育て進行しながらの次女出産!!!

 

再び、実家に里帰りで同じ病院で産むことにしました。

だってね、長女の面倒もみてもらわないと困っちゃうのでやっぱ実家が安心。

 

2人めは、初産より早いって聞いていたので、早めの里帰りをしました。

陣痛よ、いつでもこーい!と準備してたのですが…結局のところ、長女同様、予定日過ぎても陣痛が来ず、再び出産のために入院という形になったのです。

 

またか〜〜い!

 

つづく。

 

 

 

 

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出産メモリー<3>

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カヨコが産み落とす長女編<3>

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さらにつづきです。

 

長丁場だけども、ようやく分娩室に入りましたよ。

 

分娩室に入って、陣痛の波と一緒にイキむ〜て感じ。

「ひっひっふー」が「ひっひっふー、ウン!」てな感じに変わり、まさに聞いてた通り、ンコする時と同じイキみ方。

 

上手上手〜と言われながらイキんでるけど、なんかスッキリしない。

で、次の波で産みましょうね〜と言われて、立ち会いを希望してたダンナが入ってきた。

 

「がんばれ〜」とそれなりに応援し言ってた(ような気がするが…ほぼ覚えていない(笑))

 

渾身の思いで便秘の時もこんなにイキんだことねーぞというくらいイキむ。

でも、なかなか変化なし。

 

お医者さんが、「吸引しますね」と声をかけ、どうやら掃除機のようなもので頭を吸い出そうということらしい。

「ふ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」イキむあたし。

吸い込むお医者さん。

 

これ以上はイキめないくらいイキむあたし。

でも動かない…????ハテ?

 

お医者さんがちょっとこれは…という顔をして、

「ちょっとお腹押してお手伝いしますね」

といって、「ふ〜ん!!」と同時にお医者さんがあたしのお腹をエイっと圧迫。

 

すると…

 

ポン!

 

…いや、ホント、ポン!って感じ。

あまりにも一瞬で、それまでの渾身のイキみは何だったのかと思うくらい拍子抜けな「あ、出た…」でした。

 

ジワっと少しづつ出てくるんじゃないんか〜〜〜〜い、と思いつつ。

 

感動的な親子の対面の前に、あたしの体内から、なにやらドボドボと流れてる感じがして「あの〜、なんかドボドボ出てる感じがするんですけど〜」とお医者さん達を見ると、その時いた看護師さん達も、皆ジ〜っと釘付けで見てる。

「え!?ナニ、怖い〜」と言ったら、お医者さん達は見ながら「うん、まあ、大丈夫。ちょっと…ちょっと、普通より出血多いかな…うん」と観察。

その間、ずっとあたしはドボドボを感じてた。

ひ〜〜〜。怖いよぉ〜。なんなの。。。

そして、ダンナは顔面蒼白で固まってた。

(あとから聞いたら、あたしが、このまま死ぬんじゃないかと思ってたらしい。)

 

そして、ようやくご対面。

ちょっとだけ胸の上に乗せてもらって、「女の子ですよ」って。

ハイ、お待たせしました。

こうして長女誕生!!!

なんだろう。苦しんだ割には、あっけない他力でポン!と出されてしまって、本当に産んだのかあたしは…と複雑な気持ちと、10ヶ月近くお腹の中にいたのがこの子なんだな〜と不思議な感覚で感情的にはよくわからない。

イロイロと検査だの何だのあるのと、あたしの体を休めるために、長女ともダンナともしばしの別れ。

 

そして、胎盤も出て、なんとか処置をしてもらい、言われたのが、へその緒が2周くらい首のあたりに絡まってたみたいですね、てことでした。だからイキんでもなかなか出てこれず、という訳だ。

 

吸い込んだり、圧迫されたりで、あたしの体には思った以上に負担がかかったようで、その後、ビックりするくらい体が動かせなかった。

分娩台から移動式のベットを真横に持ってきてもらったのに、移ろうにも体がホントに動かせず、足1本も持ち上げられず、結局看護師さんたちにゴロンゴロンと横からフンコロガシのように転がしてもらって移動。

病室のベットにも、ゴロンゴロンと転がされて寝かされた。

なされるがまま…。

 

脳内では動かしているのに言うことをきかない体、初めての体験でしたね。

免疫成分たっぷりという初乳を飲ませるために、おっぱいマッサージャーの助産婦さん(?)も来て、ゴリゴリされました。

飲みにくそうな乳首ね〜と文句言われながら、ゴリゴリ容赦なくマッサージして搾り取られました。

痛いっすよ。とにかくこれが痛い!

「はい、出てきた出てきた♪」と嬉しそうにやってくれるけど、こっちは苦痛の顔。

 

おっぱい飲むのも赤ちゃんにとっては初めてだから、初めはうまく飲んでくれなくても、だんだん上手になるからって言ってましたね。

 

確かに。

赤ちゃんにとっても、母親にとっても、すべては初めてのことだらけなわけです。

飲む方も飲ませる方も、だんだん上手になればいいんだと。

最初は皆ヘタクソで当たり前なんだから。

 

さて、気になる所で、お産の痛み。

後々いろんな人からいろんなお産の話を聞くけれど、陣痛の痛みがスゴイと言っている人はむちゃくちゃ多かった。

あたしは、陣痛の痛みより、実は出産後の「痔」の痛みの方が残ってます。

出産当日の夜、痛みで幻…というか精神的におかしくなってた。

 

出産時に会陰切開って怖いってきくけど、あんなん痛くない(と思う)というより切開した方がキレイに治るんだからいいじゃんとさえ思う。

 

上から下から他力で、負荷がかかったからなのか、あたしの傷はどちらかというとおケツの方がとにかくひどかった。

裂けたのか、イキみが渾身すぎたからなのかよくはわからないけれど、出産当日の夜は、痛みでなぜかガラスがお尻に刺さってると思いこんでいた。あまりにも痛がってるので、看護師さんが座薬しましょうか?って言ってくれてるのに、そんなことしたらもっと痛いと勝手に思い込み、そんな看護師さんが暗殺者のように感じてもいた。

…うん、あの時のあたしは痛みで相当オカシクなってたと思う。

 

その後、結局半年間くらい痔と戦うことになり、円座ちゃんを手放せない、うつ伏せでしか眠れない、そんな記憶があたしにとっての出産の痛みでした。

 

 

さて、そんなこんなで長女出産エピソードは終盤です。

 

長女はベイビー時代、夜泣きもあまりなく、ゆっくりと寝かせてくれるし、母乳が出なくなってもミルクを嫌がることもなく、あまり手のかからない、いいコでした〜☆

 

うちの両親からしたら、初孫。

今のあたしと同じ歳に「じーちゃん」になった父、39歳で「ばーちゃん」になった母…。

 

入院部屋でお隣のベッドにいる39歳のママさん、あたしのお見舞にきている祖母になった同じく39歳のあたしの母…。

 

人生イロイロですなd(^^)

次回は次女編〜〜〜〜〜〜!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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出産メモリー<2>

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カヨコが産み落とす長女編<2>

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つづきです。

 

フウセンを入れてからは、ホント後は暇つぶし。

 

入院者の中でも、あたしは一番若く、大部屋で6人くらいの病室だった。

隣に入院してたのは、当時のあたしの母と同じ年齢で39才だったのを覚えている。

 

そして、研修期間中の看護学生さんがいて、かいがいしくお世話してくれた。

学生さんっていってもほぼ同い年。

話をしてみると、私の同級生を知っていたり、なんとも不思議病院空間。

 

同室の人たちの中はすでに赤ちゃんを産んでる人もいる。

 

あたしの陣痛、まだ来ず…。微弱陣痛らしい。

 

仕方ないので、陣痛誘発剤とやらを点滴することに。

そのままお産になるかもしれないので、クニャクニャの曲がる針とやらで、手の甲から点滴。

 

その後、おお!やっと陣痛来たかなと思ったのに、本格的にはならず、いつの間にか陣痛が遠のく。

これを何度か繰り返し。

結局は日をまたいで、明日にしましょう、と言われてしまう始末。

ゆっくり寝て、体力を明日に備えてということで。

 

この辺になると時間とかの記憶はもう曖昧です。

思い出しながら。

 

んで、夜中だったと思うのだけど、突如、便意をもよおし、点滴くんと一緒にトイレへ。

すると、あたしは、う◯ちくんのつもりだったのに、なにやら違う透明なものがポコッと出てきてビックリ。。。

 

なんじゃこれ〜!!!!!

 

…あ!フウセン!!!バルーンだ!!!入れられてた時は見えなかったけど、こんな形してたんだ!!!

へえ〜へえ〜へえ〜と意味もなく感心。

こんなアイスあったなーとか思いながらマジマジと見た後、生まれて初めてトイレの緊急ブザーを押した。

 

「どうしました?」と放送が聞こえてきた。

 

あたし「えっと、えっと、あの………フウセン、産み落としました!!!!」

 

「…え?………あ。わかりました。流さずそのままにしていて下さい。すぐ行きます」

 

到着した看護師さんが、じーっとソレを見て、回収してくれて破棄。

 

「子宮口が開いてきたみたいですね。破水はまだですか?」

みたいなことを言われたけど、破水…正直どんな感じが破水なのか分からないけど、実際なったらきっと分かるのだろうと、たぶんまだですと答えた。

 

陣痛がなかなか本格的にならないよ〜と思いながらも、内診され、子宮口開いてきましたね〜、と。

それでも陣痛がサヨナラしかけるので、ちょっと薬強めますねと、いよいよお産のカウントダウンか!!!ということに。

 

それからは陣痛がじわじわと本格的に強まってきて、間隔もやっと短くなってきた。

マタニティー講習で習った呼吸とやらを看護学生さんも一緒になってやってくれた。

母も、背中をさすったり押したりと、イロイロやってくれた。

痛みのある中で、息を止めずきちんとお腹の子に酸素を送る呼吸。ラマーズ法。

最初は「ひっひーふー」だったっけな。

 

正直に言おう。

こんな時、男はホント役にたたないもんだ。

オロオロと、どうしていいかわからず、ただ、「がんばれー」と声をかけるのみである(笑)

ま、しょうがないよ。

これは女性にだけ与えられた特権でもあるしね。きっと同類にしかわからない痛み。

 

でも、陣痛って不思議だ。だって、痛みの波があって、要は休憩がはいるんだよねー。

よく出来てると思う。これも生命の神秘。

お腹の子も、母親の身体も、すごい体力使って、この世に生まれよう、産もうとするから、きっときちんと休憩があるんだよね。

体力を温存しながら、ラストスパートに向けて、じわじわと出てくる準備をしているわけだ。

 

強くなり始めて、おしっこしたいわけでもなんでもないのに、何かがジワーと出てきた。

破水!!!コレだ!!!破水!破水!わかった!

こんなじわ〜と出るものなのか…。

(と、この時は思ってたけど、1年後、次女の時はまた違った破水で、ホントお産は一人一人違うのだなと思うのです。)

 

それからは浣腸。

出来る余裕があった(らしい)から、とにかく我慢できるだけ我慢して、全部出しちゃって。

でも、イキマないでって言われた。

イキんだら子供でちゃうよっと半ば脅されて、トイレで浣腸の影響のお腹キュルキュルと、陣痛と戦う。

コレが一番、何とも言えない複雑な状況!

キュルキュルと、陣痛の張りと痛みが同時進行。

とりあえず無事に浣腸くんのキュルキュルを一段落させ、病室に戻っていよいよに備える。

 

分娩室の手前の部屋(分娩準備室だったっけな)で様子を見る。でも、それからもすごく長い時間がたった。

子宮口が、まだ十分に開いてないからって数時間ごとに何度も確認。

その間、あたしより後に、分娩準備室に入ってきた人に先を越されたりとありました。

 

でも来る時は必ず来る。

ココまで来て何にもなくなるってことは絶対ないのだから。

そうして、ようやくあたしの子宮口の開きにもお医者さんがOKを出してくれ、いよいよ分娩室へ!

 

そう!!!!ようやく産める!!!!!

 

 

…てことでつづく☆

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出産メモリー<1>

劇団「とんとこパピィ」で、県内の高校生や新成人の皆さんに向け、結婚や出産、子育てについての事業に関わるようになり、なんかちょっと触れてみようかと思い立ちました。

 

あたしの出産体験メモリーd(^^)

 

…とはいえ、もうかれこれ…体験談はすでに21年〜23年ほどに遡る…。

 

なんだかんだで2人のムスメ達を産んだことですし、共にエピソードはあるけれど、順にまずは長女編からまいりましょ〜〜☆

ムスメ達も、今は成人を超え、そう言えば、詳しい事細かな話なんて幼い頃にはしてないと思うので知らないかもしれないしね。

まあ、コレを見るかどうかはともかく、書いてみましょ〜。

ちょい長いストーリーかもしれないけれども。

 

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カヨコが産み落とす長女編<1>

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初めてのニンシン!妊娠。時はだいぶ昔〜。平成の世に入って5,6年経った頃の物語。

齢ぴっちぴちの華の18才。あたしは高校を卒業後、公務員として働き始め、約半年ほど経ったある日。

おっかし〜な…まさかな〜…。。。。身に覚えはあるが…。

 

と、薬局で買った妊娠検査薬を使ってみたらまさかの陽性反応!!

 

あああああああ!!!デきてる〜!!!!

 

本音の本音を言うと、万に一つ、デきても構わないし、もしもデきたら、それはきっとあたしの運命で、何があってもあたしは絶対に産む!って思ってた十代。

 

なんだろうな…。別に誰に言われたわけでもなく、押しつけられたわけでもなく、ただただ「命」っていうものの重さを感じてた。

 

大人なんて大っ嫌いだと思ってた反抗期。

大人になんてなりたくないと思ってた思春期。

ロクな大人が周りにいなかったと感じてた。

そんな現実からの逃げ場所があたしにとっては「学校」であり、「本」の中の世界だったのかもしれない。

たくさんの友達と、本の無限の世界の様々な影響なのか分からないけれど「命」というモノに対しての、あたしなりの答えがすでにあった。

 

例えば、望まない憎い相手の子どもだったとしても、犯罪で犯されてできた子どもだったとしても、自分が貧乏で、どうにもならない状態でも、とにかくなにがなんでも絶対に産むと決めていた。

 

宿った命は、あくまで一人の「人間」。

あたしの分身でもなければ、相手の分身でもない。

そんな人一人の命をあたしごときの一存で、決して生死を決めてはいけない、そう思ってた。

宿ったからには意味がある生命なのだと。

 

 

だからねぇ、あたしの中では、 妊娠=産む としか答えが無かった。

これだけは、揺るがない。

 

もちろん、妊娠発覚時は未婚。

そしてすぐに誕生日が来て19才とはいえ未成年。

 

色々とモメそうだ。

 

…とは思ったものの、うちの両親も実は同じ歳くらいにあたしを産んでいる。

これは結婚が決まってから、結納の時にサラリと知らされる事実なのだけど、両親は16才(母)と19才(父)で、自分たちで勝手に保証人をたて、入籍、結婚し、その間、二度ほど子供を諦めなければいけなかったらしい。

母体の命か、子供かといった選択に迫られる状態だったと…(詳しくは未だに聞けてない)

そうしてようやく二十歳の時に生まれたのがあたし(長女)だった。

 

そんな過去を背負ってたせいなのかなんなのかよく分からないけれど、思ったよりもスムーズに、大きな反対もなく、現実を受け入れてくれた。

 

おっと、話を戻そう。

まあ、そんなわけであたし的には、妊娠=産む という意思がはっきりしてて、妊娠検査薬で陽性になった時は、驚いたのと、実はやっぱり嬉しかったのですよ。

 

で、生まれて初めての産婦人科へ行きます。そこでは、間違いないです、とか順調ですとかを、確定してもらい安心したくて行ったんだけど、まあ、とある佐賀市内の某産婦人科に行きましたら、ショックでした。

今でも忘れもしません。

 

「出来てますね」

 

これはいい。確定できました。ありがとうございます。

で、この直後、事務的に、、、

 

「産みますか?」

 

って…。

 

 

女医さんだったけど、この、なんだろう…あたしが十代で未婚だったからなのか、この対応。

ハッキリ言って、ものすごい、ショックだったし、産まない選択肢なんて考えても無かったから、ナニ、いきなりその質問!?ってカチーンと来ましたね。(もちろんその後その産婦人科には二度と行ってません)

 

今思えば、お医者さん的には、そんな深い意味のない質問だったのかもしれないけれど、当時のあたしはすごくショックを受けたことを今でも覚えています。

 

それから産むまでは、幾つかの産婦人科に通院しました。

初めての妊娠、出産。

 

何もかも初めて知ることばかりでしたが、幸いにも(?)16才で子供を産んだ仲の良い友達もいたので、話を聞いたり、そして何よりも、一番身近な先輩が「自分の母親」だってことをすごく実感しましたね。

 

そうだよ。あたしを産んだんだよこの人!!!っていうことですごく頼りになり、心強かった。

 

「お産は一人一人違うから」「初産は遅いっていうから」とか予定日過ぎても陣痛が来ないあたしを安心させてくれました。

 

いやあ、ホント、あたし陣痛がなかなか来なくて…。

 

予定日前から、いつでもこ〜〜〜い!って出産入院準備品を用意して、実家で過ごしてたんだけど、予定日2週間過ぎても、まあ、来ない来ない。

痛みってどんなん?とか、張ってる…ような気がする…けどぉ…でも…違うか。。。なんて感じ。

 

で、結局、そろそろ出さないと産むのもきつくなるし(赤子大きくなりすぎて)ということで、陣痛来てないけど、出産のために入院。

 

入院してからは、陣痛を起こさせるためにということで、イロイロされました。

 

まずは「フウセン」

正式名称はよくわかんないけど、まさに風船!子宮口を開く為に水風船みたいなものを入れました。

 

子宮口を人工的に広げながらも、より自然に近い刺激で、陣痛を促す的な?(専門家じゃないんで間違ってるかもしれないけど)

フウセン…まあ、なんつーか、タンポンみたいに入れて、浣腸型っぽいフウセンにそれこそ水入れて膨らまして、子宮口を広げる的な感じでしたね。

 

違和感はなかったかな〜。これ入ってんの?って感じで。

 

さて、だんだん話がリアルになってきたぞ〜!!!!

 

この続きはまた次にします☆

 

つづく…

 

 

 

 

 

 

 

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ログインするのに悪戦苦闘した

こちらはおひさ〜。

久しぶりだけどブチブチいいま〜す。

でも本名で書きます。

匿名でブチブチ言うのは、戦略以外はただの卑怯ですから。

 

正義は勝つ!なんてなくなってしまったのでしょうか…。

正論よりも権力が勝つ世の中、なのでしょうかね。

 

あたしは表に出て来る情報が、絶対に正しいなんてさらさら思ってません。

自分の目で見て感じたものが一番の真実で全てです。

 

叩けばホコリの出て来る人は山ほどいるけど、叩いてもホコリの出ない人にホコリを作ることができる世の中。

そしてそれを情報だけで、「そーですね」と簡単に言える無責任な発言をできる人々が多い。

 

嘆かわし…。

 

全てはたしかにメリットがあるかないか。

でもねー。お金じゃない、お金で買えないメリットって、スゴク長く息づく大切なものだと思うのです。

 

お金で買えないメリット。楽しいと思う感情、その人の刺激によって気付く自分の能力、間接的に自分の未来に続く何らかのもの。

 

ま、あたしも結局は自分のために生きてはいますけども。

でも、だからこそ「目」だけは養いたい。

判断基準である「目」は重要。自分の「目」が全て。

 

 

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とりゃああ
解除だ解除!!!

すべて連携なんてしねーぞもう!
別に何かあったわけでわないけども。めんどくさいなと。
だってねー、あっちではこれ、こっちではこれと色々あるわけで。
ま、しょうがないか。
別に知られてまずいことはないけども。説明するのもめんどうだ。

ということですべてかいじょしたつもりだけど、一応不安なので試してみる。

知りたい奴だけ知ればいい。

試してみて全てが解除されたらとっても楽ちんとおもえるんだろうなー。
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てやんでー
なんでっしゃろー。
よなかの酔っぱらいのタワゴトよ〜。
気にするなー。


あたしは今までやってきた事にに後悔はなく、その時ベストと思える選択をしてきたから別にいいのだけども。。。。
何年たっても、自分で分からない賭け事は止まらない。
吉と出るか、凶とでるか…。

ま、でもしゃーない。
こんなことやってる限り、わかんないのよ。
本番までは。


ただブレずに自分を貫くのみ。


わかんなーい。どおなるのー。
でも見てみたい。どうなるのか。
思わぬ期待と裏切りが隣り合わせのギリギリ感。

自分の鼻が正しいのかどうか未だにわからないのですよ。
確信は持てない。でも可能性は感じる…。

ひゃああああああああ。

むむう。
コワイ…。いくの?いかないの?

いったら面白い。
でも確信は持てない。

そんな日々。

人生のギャンブラーだなあ。
ま、確信が持てるものほど面白くないものはないし。
確信が持てないからこそ面白いものであり。

なんて矛盾と面倒くさい性分を持ち合わせた自分…と、その性格と呪いながら。

それこそが生きてる楽しみの醍醐味なんて思ってるのが口惜しい。

ああああ。
めんどくせーな、自分…。


寝ちまおう。
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真夜中のタワゴト〜怨ニンジン〜
むむむーん。
呑んでます。だってねえ、いつもと変わらない日々にかんぱーい♪だから。

明日は忘年会。
一人一品なので、今夜はゴボウ煮つくりました。
自分で言うのも何だけど。絶品☆おいしーい♪
こだわりは泥ゴボウ!!!!!!
ゴボウはやっぱり泥付きに限ります。

でもあたし、昔、給食のゴボウは大嫌いだった。。。。
でも、家で作ったゴボウ料理はうまい!と思った。

給食のせいで嫌いなものいっぱいあったな〜。
グリンピース、ゴボウ、人参、ピーマンとか。(うわベタベタに子供の嫌いな物ベストにはいってるね)
でも、素材の味的に劇的に嫌いなのは人参だけなんだと気がついたのは大人になってから。
給食って不味かったんだなと思ったもんね。大人になって。
一応、人参も試してみたのよ、美味しく食べれるかどうか。
でもダメだった。素材の匂いと味がそもそも受け付けないらしい。
他のはイケた。
グリーンピースは缶詰じゃなければ美味しいと思えたしグリーンピースのスープは絶品だったし、ゴボウは泥付きのやつで料理したオカンの腕に感謝、ピーマンは生で食った時の旨さはたまらなかった。

だから天敵は人参!!!
どんなして食っても不味かった。吐き気がした。
しいていえば野菜ジュースにこっそり入ってるニンジンはOKかな。

あんなん人間の食べるもんじゃねええ。

つことで今でもダメです。人参だけは。。。。
この世から無くなってしまっても大丈夫だと思ってます。
滅!!!ニンジン!!!!!!
なくなってしまえーーーーーー!

彩りというのであれば、キミの代わりはパプリカ、カマボコでイケます!!!(もしくはカニカマ)
サヨウナラ、ニンジン。ちんでください。
甘みはイモでOKなのです。イモ大好き♪


と、いうことで明日の忘年会、ニンジンいたらあたしは蹴散らします。

 
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ぐだん
自分が追うより追われる人間になりたーい!

だってねえ、あたし自身、追いたくなる人間に惹かれるから。
そうじゃないっすか。なんだかわからないけど惹かれるってその人にすごい魅力があるわけで。
つーことは、そのなんだかよくわからないけど、惹かれるって人に自分もなりたーいって。
どう云う人に惹かれるかってことを分析して、自分をそういう人間に近づける。

でもー、矛盾したこと言ってるかもしれないけど、「追う」のと「押す」のは違うと思うわけよ。
押し付けるのは逃げたくなる前兆で、そんでもって逆に引かれたってことは自分の魅力が落ちたということで。

ああ、なんだかよくわからない文章…。

こんな分けわかんなくても聞きたい奴は、きけばゆったる、うまく伝わるかわからんけども。

世の中すべて自分次第!と思っちょります。
すべて、すべてです。

自分中心に回っててナニガわるい。当たり前です。
自分が変われば周りも結果変わってくる。ということは、やはり自分次第。
周りを変えたければ自分が変わればいいだけ。

ありの〜ままの〜なんて、ちまたでは流行っとるらしいですが、ほんとうの意味のありのままなんて、あるの?

あたしは人によって変わる。
当たり前です。関係とか考えるから。
仕事関係、プライベート、冗談の通じる人、通じない人、ちょっとした事で妄想する癖のある人、そうでない人、見極めます。
この人はここまで言える、言えない、言わない方がいい等かんがえますわー。

ああ、でも、可能性とかチラ見えしたらギャンブルするかな。
あたし本心ぶちまけましたー、さあ、あなたはどうですかー的な。

久しゅうぐだぐだと書いちょります。
たまにゃー吐き出すのもよし。あたしがスッキリすりゃあそれでいいのでーす。
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うほっ
まあとうとう40歳になりまして。

せっかくなんで、記念になんか書いときましょうかねー。。。。今日のうちに(笑)間に合うかな。

FBは、わざと生年月日公開を伏せたんです。数日前に。
いや、すごい嬉しいんですけど、ハピバのメッセージは。
…でも自分も、みんなのバスデー覚えてるわけでもなく、普段から皆様の存在に感謝しておりますんで、なんかね、その日に間に合わせって感じでいつもなんとなくもーんとしてたんですよ。

あたしはその人の欲しい時に、ほしいものを出来るなら送りたいのです。
生きてるってことはなんだかんだあるわけで。。。
だから忙しい時に、間に合わせて無理にってのは逆になんだかねーと思ってしまうので…。

数カ月後に誕生日祝いなんてのはザラ。
ごめんちゃい。ムスメにもです…(^^;
ちっちゃい頃はそんなのわかんないだろうと思ってたから頑張って間に合わせてたけど、大きくなってからは、ひどい時はホント年明けたりとか…。(この時点で誕生日とかすでにドウデモヨイ感じ)
なんでもない時にケーキ買ってきたりとか。

もちろん!ちょうどタイミングよく色々と都合がつくのがベストだとは思ってるのですよー。

そんな中、季節感などで覚えてくれてる人がいたりして、ちょっと感動です。
あたしにはない感覚。ステキだなと、その感覚に感心しきり。

そして母も、毎年メールでメッセージくれます。
長女だしなー、覚えてくれてるの当たり前かー。
そして、いつも何がほしい?と聞いてくるのです。

今年は半纏ねだってみました。注※毛玉の出来にくい半纏(長持ちするように)
今の家はこれからは間違いなく寒いので、あったかーいおかんからのぬくもりに包まれてみようかなと。

ふふふ。

そんなあたしに、たまたま間に合って、メッセをくれた皆様には、もちろん!超☆ありがとうです!!!!
嬉しいです。


数日前にもらった、ノシつきプレを堪能しつつ。

まだまだ人生半分もいってないぜ。
まだ40!!!若造だ!
謳歌しまっしょ♪
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